第138話 お揃い

「ルーミアさん、悪かったですから機嫌を……」


「やです。絶対嫌です」


「そこを何とか……。今日は何でも言う事聞いてくれるんじゃないんですか?」


「そんなの無効です! 意地悪するリリスさんの言う事なんて聞きません!」


 よろよろと立ち上がったルーミアは猫のように目をつりあげてリリスを睨む。赤らんで蕩けかけの表情で行われる必死の威嚇は随分とかわいらしく映るが、これ以上の機嫌の悪化は避けたいリリスはからかうような事は言わずにただ許しを乞う。


 しかし、酷く辱められたルーミアは今回ばかりは許さないと強い意志を示した。

 前言を撤回して、断固拒否の姿勢を崩さない。


「ね、そんな事言わずに……あいたっ」


「しゃーっ」


 先程までは固く繋がれていた手、絡み合った指先も今となっては凶器のように見える。

 ルーミアは伸ばされた手をパシッと叩き落としてリリスから距離を取った。


(うーん。かなり酷いですね。どうすれば機嫌が戻るでしょうか?)


 これほどまでに拒絶されるのは初めてのことでリリスは若干しょんぼりしながらも打開策を考える。

 思えばデートの時はいつも調子に乗ってしまう。リリスは自らの悪癖を省みて心に刻み込む。その上でかわいらしい威嚇をするルーミアへの対応を思案する。


「ルーミアさん、どうしたら許してくれますか?」


「や」


「そんな事言わずに……」


「やなものはやっ、です」


 何とかしようと対話を試みるも「や」の一言で終わらされてしまう。困ったリリスはどうしたものかとルーミアも見つめるも、ぷいっと視線を逸らされてしまう。


 交渉の余地はなく、時間に任せるしかないのか。一瞬そう考えたが、まだ切れるカードは尽きていない。


「また一つ何でも言う事を聞く権利で手を打ってくれませんか?」


「…………やです」


(あ、少し考えましたね。顔がピクピクしてました)


 前回ルーミアが拗ねた際に、解決に導いた命令権の付与。ただでさえ既に一つそれを所持しているルーミアにもう一つ与えるのは危険かと思ったが、リリスは状況を打開するためにその切り札を使用した。


 それを聞いたルーミアはその提案を飲みかけて――拒否した。あと一歩、もう一押しが足りない。そんな様子に可能性を見出したリリスは、ルーミアが思わず受け入れてしまう魅力的な提案がないかと探した。


(といっても……一番のカードだったんですよねぇ。まさかこれも拒否されるとは。いったいどうすれば……)


 既に一つ与えているとはいえ、命令権は軽くない。

 それを少しの葛藤で切り捨てたルーミアにリリスは苦笑いを浮かべる。


「何が望みなんですか?」


「……それを考えるのはリリスさんの仕事です」


「もうお手上げなんです。ここで問答をしているとデートの時間が無意味に過ぎてしまうので、もしルーミアさんもデートしたいと思ってくれるのなら教えてほしいです」


 リリスは降参の意を示した。

 このままではルーミアは「や」と言われているだけで時間だけが過ぎていってしまう。


 許してほしいリリスと許したくないルーミア。

 相容れない思いがぶつかり、どちらかが折れるしかない状況でも、一致する気持ちがあるとするのなら、デートを再開したいというもの。


 ルーミアにその意思がないのならば、腹を立てた時点でどこかへ消え去ってしまえばいい。リリスとの距離はあるが、完全に置いてどこかに行ってしまわないのならば、ルーミアにもまだデート再開の余地が残っている。


「……それを言われたらどうしようもありませんね」


 リリスの言葉選びにルーミアは困ったように笑った。

 拗ねてしまっていても、リリスが嫌いになったり、デートが嫌になったりしたわけではない。だからこそ、その言葉はルーミアに刺さる。

 このやり取りを繰り返しているだけでは時間が過ぎ、時間が過ぎるということは即ちデートの時間がどんどんと消費されているという事。


 ただでさえアレンとの一件で時間を無駄にしてしまっている中でこれ以上の浪費はルーミアとしても見逃せないものがある。

 妥協案を提示するという意味では、ルーミアが折れるしかない状況に追い込まれ、ずるいなぁと呟いた。


「……お揃い」


「ん?」


「お揃いのアクセサリーをプレゼントしてくれたら許してあげます」


「そんなのでいいんですか?」


「そんなのが……いいんです」


(……かわいい)


 これまでルーミアは見繕われる側だった。

 リリスにあてがわれたものを纏い、ひたすらに褒められるのも悪くはなかったが、密かに思っていたのは、リリスとお揃いの何かが欲しいというものだった。

 その小さな願いをもじもじとしながら口にしたルーミアに、リリスは胸をきゅんとときめかせた。


「任せてください。ルーミアさんとお揃い……胸が躍りますね」


「あ、でも……首に付けるモノは止めてください。その……少々、感じてしまうので……」


 張り切って選ぼうとするリリスにルーミアは恥ずかしそうに告げる。

 触れられただけで身体が跳ね、何もなくてもキュンキュンと疼いてしまう敏感になった首筋。そこに付けるモノだけはダメとルーミアは潤んだ瞳で訴えた。


「ネックレスも?」


「はい、ダメです」


「チョーカーも?」


「はい、ダメです」


「……首輪も?」


「……ダメです」


「あ、今ちょっとだけ期待しました?」


「してません。というかお揃いなのでその場合はリリスさんも首輪を付けることになりますが……いいんですか?」


「……それは困りますね」


 ルーミアも機嫌を直したのか、それとも猫のような気まぐれなのか。

 いつの間にかリリスに擦り寄り、隣を占拠している。

 リリスが冗談を口にして、ルーミアが頬を膨らます。ルーミアのころころ変わる表情を一番近くで眺め、リリスは微笑む。

 戻ってきた少女の笑顔と温もりに、リリスは安堵して胸を撫で下ろすのだった。

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