第139話 芽生える執着心

 ルーミア達がデートを楽しむ一方。

 冒険者ギルドの訓練室にて放置されていた彼らが目を覚ました。


「いたた……」


「起きたか、ヒナ。大丈夫か?」


「あ、はい。私は大丈夫ですが……アレンさんっ、どうしたんですかその顔っ?」


「ううあい。いいああうういおおおえ」


 各々安否の確認をする中で一人だけ見るからに重傷者がいる。

 ぱんぱんに腫れあがったアレンの顔は目も開いているのか分からないし、口を動かしても上手く言葉を発せていない。

 分かるのは何かを必死に伝えようとしている。そして、その度に痛がっているということだ。


「……? あっ、薬ですね」


 腫れ上がったせいで満足に口を開けることもできずにもごもごと主張するアレンに耳を傾けて、ヒナは考える。そして、聞こえる意味不明な羅列を何とか解読してアレンの求めるものを取り出し、勢いよくかけた。


 すると、みるみるうちに腫れが引き、アレンの顔が見えるようになる。完治とはいかないものの、目や口が開き、呼吸も阻害されない。

 息苦しさから開放されたアレンは大きく息を吸って、舌打ちをした。


「ちっ、あいつ……よくもやってくれたな」


「お前だけ手酷くやられたな」


「アレンさんは回復ヒールをかけてもらえなかったんですね」


「何だと?」


 ルーミアに負けた彼らだが、アレンだけが酷い状態だった。それはひとえにルーミアがそのように仕向けたからだ。


「意識を失う前に感じたあの温かい魔力は……間違いなくルーミアさんの回復ヒールでした。あんなにすごい回復魔法……忘れるはずがありません」


 ヒナは魔法の杖を構える暇もなく一瞬で意識を刈り取られた。気付いた時には目の前に現れていたルーミアの神速の殴打に為す術なくやられ、倒れ去る時に感じたのは以前は当たり前だった回復魔法。


 それはザックも同じだった。

 だが、アレンはそれを感じることなく、ルーミアの宣言した時間いっぱい殴られ続けた。むしろ、アレンをより長く攻撃するために、手早くヒナとザックを処理したと考えれば合点がいく。


「俺達は一瞬でやられたが……お前はどうだったんだ?」


「……分からない。とにかく殴られた、と思う」


「あれ、本当に白魔導師ですか? ルーミアさんがあんな事できるなんて知りません」


 アレンが三人の中で一番長くルーミアと対峙した。といっても抵抗もできずにただただ彼女の暴力をその身に受けていたアレンに分かることはそれほど多くない。


 だが、証明された。

 はったりでも何でもない、ルーミアの力は本物であると。

 一人では何もできない欠陥白魔導師ではなく、自信満々に宣言されたとおり、三人がかりをものともしない力を有しているのだと示された。


「……癪だが、認めるしかないな」


 元々、アレンはそれほどルーミアに価値を感じていなかった。だが、仲間のザックとヒナがルーミアを呼び戻そうとするから、戻ってくるなら受け入れてやる。そのくらいの気持ちだった。


(あいつの支援魔法があれば……以前のように、いや……以前よりももっと強くなれる。あいつがいれば……っ!)


 だが、今回の一件で考えが変わりつつある。

 一人でも戦えるのもそうだが、何よりもそれを支える支援魔法。以前と変わらぬ支援魔法のクオリティを見せつけられ、アレンもルーミアに対する認識を書き換える必要がある。


「アレン、どうした?」


「ルーミアはどうやったら戻ってくると思う?」


「もう望みは薄いでしょう。この勝負に私達が勝っていればあるいはといった感じでしたが、これほどまでに清々しい敗北を与えられたらそれも厳しいですね……」


「……そうか」


 この一戦は、ルーミアを引き戻すための最後のチャンスだった。

 だが、結果は伴わず、ルーミアは去っていった。


 彼女はこのパーティが居場所ではないのだと高らかに宣言した。

 それが現実。今更になって取り戻したいと考えてももう遅い。


(それでも……あいつを支配できれば……っ!)


 だが、芽生えた執着心は消えない。

 確かな価値を示したルーミアを何としてでも取り戻し、モノにしたい。そんな欲望がアレンの心を渦巻く。


 もはや葛藤するまでもない。

 その邪な欲望を叶えるためにアレンは決意する。


(どんな手を使ってもいい。あいつを、ルーミアを手に入れる……っ!)


 口元を怪しく歪めると痛みが走った。

 でも、それすらももう気にならない。

 膨らんだ執着心の赴くままに、アレンは密かに計画を練り始めるのだった。

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