第140話 薔薇の花言葉
翌日。
妙に機嫌がいいルーミアは鼻歌交じりに鏡を眺める。
白い髪は整えられて寝ぐせなどは見当たらない。お気に入りの黒いカチューシャ風リボンをセットして、普段ならそれで終わりなのだが、今日のルーミアは一味違う。
白と黒の中に一際眩い輝きを放つ青。それは昨日のデートでリリスから贈られた青い薔薇をモチーフにした髪飾りだった。
「えへ、えへへへへへ」
「まだ眺めてるんですか? というか涎まで垂らしてだらしないですよ」
だらしなく口を半開きにさせながらにやけるルーミアに、リリスは呆れたように息を吐いた。そんなリリスの金色の髪には白い薔薇の髪飾りが付けられている。
ルーミアが機嫌を直す条件として提示したお揃いの装飾品。
リリスは色違いの薔薇の髪飾りを二つ買い、一つはルーミアへ、そしてもう一つは自分へ。そうしてお揃いのアクセサリーをプレゼントされたルーミアの機嫌は一気に絶頂を迎え、翌朝になってもその高揚は続いている。
「リリスさん、リリスさん、似合ってますか?」
「とてもよく似合っていてかわいいですよ」
「えへー、リリスさんのも素敵です!」
もう何度目になるか分からないほどに、ルーミアはその髪飾りをリリスに見せ、似合っているかと聞いてくる。飽きもせずによくやるなぁと思うリリスだったが、自身の贈ったプレゼントで喜ぶルーミアの姿を見られるのは内心嬉しく思っている。だからこそ、何度でも言う。とてもよく似合っていると。
「ところでこの薔薇の色には何か意味があるんですか?」
「……あるといえばありますが、ないといえばないです」
「どっちですか?」
博識なリリスならばただ何となくで贈るのではなく、そのプレゼントに何かしらの意味が込められているのではないかとルーミアは考えた。それについて尋ねるとリリスからは曖昧な返事が戻ってくる。首をコテンと倒して不思議そうな表情を浮かべるルーミアのつぶらな瞳に押されたリリスは渋々といった様子で口を開く。
「青い薔薇の花言葉の一つに『不可能を成し遂げる』というものがあります。ルーミアさんにぴったりの言葉だと思いました」
「花言葉! 私、そういうの全然分かりませんが、何か嬉しいです! 不可能を成し遂げる……えへー、素敵な言葉ですね」
リリスがルーミアの要望に応える際に選んだ薔薇の髪飾り。何となく、気に入ったから、似合うと思ったから。そんなありふれた理由ももちろんあるだろうが、リリスが手に取り贈り物として決めた理由はそれだけではなかった。
薔薇という花の花言葉。
色によって様々な意味を持つその内の一つ。
リリスがルーミアに相応しいと思ったのは青い薔薇だった。
『不可能を成し遂げる』『夢叶う』といった言葉は、本来白魔導師が到達し得ない境地へ至ったルーミアにぴったりだろう。
ルーミアが歩んできた道のりを誰よりも近くで見てきたリリスだからこそ、この色を贈りたいと思った。
落ち着いた青薔薇がルーミアの頭に咲く光景は、リリスとしても心にくるものがある。
「落ち着いた色合いがルーミアさんに合いそうと思ったのもありますが……やはり花言葉ですね。ルーミアさんのこれまでの事を思うと、これしかないと思いました」
「もう、本当に嬉しいです。大事にします。ずっと付けています」
「いや、ずっとはやめてください。大事にするなら寝る時などは外してくださいよ」
「……仕方ありませんね」
ずっと身につけていたいほどに愛おしい。そして、そう思って貰えるのが嬉しい。二人は心が温まるのを感じ、見つめあって微笑んだ。
「じゃあリリスさんの方にはどんな意味が込められてるんですか?」
「……私の方ですか?」
「はい! 白い薔薇の花言葉って何ですか?」
「……別に、私の方は特に深い意味はありません。強いて言うなら、ルーミアさんを見ていて白いなぁと思ったので、その場のノリで白にしてみただけです」
「そんなに私って白のイメージありますか?」
「はい、とっても」
リリスから見たルーミアはやはり白のイメージが強い。そんな彼女のイメージに合わせた白い薔薇の髪飾りをリリスは軽く触る。
特に深い意味はない。あくまでも偶然、何となく。そう主張してはぐらかすリリスだったが、もちろん嘘だ。
ルーミアへ贈る髪飾りに意味を込めたリリスが、自分が付けることになるものに意味を込めないはずがない。
だが、ルーミアに説明はしない。できない。
微かに頬を赤く染めたリリスは、ルーミアを半目でジトーっと見る。
(『私はあなたにふさわしい』なんて、恥ずかしすぎてルーミアさんには言えません)
気付いてほしいと思う反面、ルーミアが花言葉に詳しくなくてよかったとも思うリリスは少しだけ複雑な気持ちだった。
だが、自らの髪飾りに込めた意味を知るのは、自分だけでいい。ルーミアが知る必要はない。リリスはそう言い聞かせて、ルーミアを欺いた。
「私のはどうですか? ちゃんと似合いますか?」
「もちろんです!」
「ふふ、ありがとうございました。お揃い……悪くないですね」
お揃いの薔薇を携えて、二人は笑顔を咲かせる。
そして、お気に入りの髪飾りを褒め合う時間はもう少しだけ続くのだった。
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