第144話 成分摂取
待ちに待った本番の朝。
前夜は早めに床につき、心身共に万全な状態に仕上げたルーミアは、身支度を整えながら鼻歌混じりに笑う。
「今日は楽しみですねぇ」
「何が楽しみなんですか? 対戦相手を血祭りにあげる大義名分を得た事ですか?」
「そうそう……って違いますよっ! 私、そんな野蛮じゃないです……多分」
楽しみ、と呟くルーミアに何が楽しみなのかと尋ねるリリス。勝ち負けを決めるという点では他の参加者との蹴落とし合う事になる。その過程で大好きな暴力を好き放題に振るえる事に楽しさを見出しているのかとリリスは聞くが、ルーミアは頷きかけてハッと気付いて強く否定をした。
確かに勝負を付けるという意味では対戦相手を倒す事になるのだが、リリスが言うほどに過激な結末を引き起こすつもりもなければ、それを楽しむほど野蛮ではない。そう言い切りたいルーミアだったが、心当たりがあるのか強めだった語気は段々と萎んでいく。
「自分で言ってて自信無くなってるじゃないですか。じゃあ、なんですか? アンジェリカさんと戦えるからですか?」
「それもありますけど……やっぱりリリスさんにかっこいいところを見せられるから、ですかね?」
大会に参加するにあたって大きな目的でもあるアンジェリカとの再戦。それ自体ももちろんルーミアにとって大事な事ではあるが、それよりも胸が踊るのは――勇姿をリリスに見せられる事。
そう語り、歯を見せてニッと笑うルーミアにリリスは驚いたように目を丸くした。
しかし、すぐに意地悪な笑みを浮かべてルーミアを見つめる。
「かっこいいところですか。見せれるといいですね?」
「ど、どういう意味ですか?」
「これだけ啖呵を切って……早々にリタイアしたら面白いですね。そうなったら鼻で笑ってあげますよ」
「な、なんでそういう事言うんですか! リリスさんは私に負けてほしいんですか?」
勇姿を見せる、すなわち勝つ姿を見せると言っているのに、負ける事を想定しているかのような物言いにルーミアは頬を膨らませてリリスに詰め寄った。
急激に近くなったルーミアの膨れっ面に一瞬怯んだリリスだったが、すぐに表情を戻してルーミアに告げる。
「勝ってください。最後の最後まで勝って、かっこいいところを……たくさん見せてくださいね」
「っ! 言われるまでもありません」
ルーミアが勝ち続ける限り、その機会は失われない。
一番多くかっこいい姿を披露するには、負けることは許されない。
だが、負ける気はしない。
ルーミア自身、心身ともに仕上がっているという自覚がある。
調整もしっかり行い、身体を動かす感覚も、魔法の調整も抜かりはない。
今回の大会にて主に使用するだろう速さを重視した形態も、元パーティメンバー達をしばき倒す際に使用しており、人間相手に使用する際の加減の感覚もばっちりできている。
そういう意味では、彼らに少しだけ感謝をしている。
『いい練習台になってくれてありがとう』と。
そして、メンタルも整えられ、リリスからは素敵なお守りも受け取っている。
ルーミアは青い髪飾りをそっと触る。これがあれば何でもできる。そんな有能感に満ち溢れる。
だから、ルーミアは緊張を感じることもなく、楽しみだと笑うことができているのだ。
「あとは……ぎりっぎりまでリリスさん成分の補充して、大会に臨めれば完璧です」
「何ですか……私成分って」
「大会にリリスさんを持ち込めれば一番だったんですけどねぇ。仕方ないので始まる前にいっぱい摂取しておきます」
「聞いてないな、こいつ。はぁ……好きにしてください」
それがルーミアのパフォーマンス向上に繋がるのなら協力は惜しまない。
リリスだって、ルーミアの活躍を楽しみにしているのだ。
自分の成分という不穏な響きに目を細めるリリスだったが、それについて答える気はなさそうなルーミアに、諦めのため息を吐き受け入れる。
「それで? 私は何をすればいいんですか?」
「いっぱい撫でて甘やかしてください。そうしてもらえば元気百倍です……!」
「撫でるのはどこでもいいんですか? 首とかでも?」
「首は……全部終わってからにしてください」
(嫌とは言わないんですね)
冗談のつもりで口にしたリリスだったが、ルーミアは嫌とは言わずに少し恥ずかしそうにもじもじとしている。
その意外な反応に驚きを覚えながら、リリスはルーミアに元気を注ぎ込むように、ゆっくり、じっくり、優しい手つきで撫でまわすのだった。
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