第145話 台風の目
そうして、大会は幕を開けた。
まだ開会を告げただけだが、会場は大きな盛り上がりを見せている。観客も多く賑わっている。参加者の応援だけでなく、純粋な娯楽として楽しみにている層もおり、この大会の注目度が薄くないことが窺える。
一参加者であるルーミアは時間ギリギリまでリリスにしがみ付いていた。
だが、時間がやってきたら二人は離れなければいけない。どうしてもリリスと離れたくないルーミアは、大会を運営する関係者にリリスを装備として持ち込めないか申請しようとすらした。
さすがのリリスもそれには断固拒否の姿勢を示し、無理やりルーミアを引き剥がして大会へと送り出した次第だ。
現在リリスは観客席の最前列に座っており、ルーミアの活躍を見守る準備は万端といった様子だ。
(最初は参加者をいくつかのグループに分けて、その中で総当たり戦ですか。ルーミアさんはどちらかと言えば得意ではないはずですが……この程度の混戦で躓くはずありません)
リリスは実況の説明を聞きながら、初めに行われる集団総当たり戦について考えた。ルーミアはその特異性により広範囲攻撃や中・遠距離に対応した攻撃はできない。そのため個人戦が望ましいとぼやいていたが、参加者が多い以上このような形でふるいにかける必要があるのは予想できていた。
その上でリリスは断言する。
あのルーミアが、その程度でどうにかなるほどやわな存在ではないと。
集団と言ってもせいぜい三十人いくかいかないか。たとえそのすべてが一斉にルーミアを狙い撃ちにしたとしても彼女は余裕で切り抜けるだろう。そのように信頼しているリリスは、初戦をあくまで予選のようなものだと捉え気楽に始まりを待っていた。
「あ、ルーミアさんが出てきましたね。遠目でも分かりやすくていいです」
ルーミアはそれほど特徴的な容姿や格好をしている訳ではないが、魔導師が集う中に放り込まれればそれなりに分かりやすい。魔導師らしからぬ装いに身を包んだルーミアの現れを即座に感知したリリスは、堂々と入場するルーミアの姿に笑みを漏らした。
◇
(さて……いきなり集団戦とは。まあ、過去の大会でも似たような形式は行われていたみたいなので不思議ではありませんが……)
ルーミアは周りで準備する魔導師たちを横目で眺め小さく息を吐いた。
周囲の者に話しかける者もいれば、各自でコンディションを静かに確かめる者もいる。
ルーミアはそのどちらもせずに、この初戦をどう終わらせるかを考えていた。
(……勝ち抜けではなく生き残りですか。戦闘不能に追い込むか、場外に叩きだすか。五人まで通過できる……となると、五人組を組んで協力して他を追い込むなんてこともできるわけですか)
形式は生き残り戦。最後まで残っていた五人が次のステージに進める。そうなった時に可能性として考えられるのは、徒党を組むこと。
ルーミアがチラリと耳に挟んだか周囲の会話に、そのような相談を持ち掛けるものがあった。
確かに次のステージに駒を確実に進めるという意味では有効な手段だとルーミアも認めている。尤も、群れるのが苦手なルーミアはそのような手段を取る気は毛頭ないが、周りがそれを実行する可能性がある以上、警戒はしなければいけないだろう。
(だとすれば……私は攻めに出た方がいいですかね)
ルーミアがこの初戦に置いて最優先に掲げる目標は既に勝ち残る事ではない。
それは当たり前の前提条件として、いかにして消耗を抑えるかという視点で臨もうとしている。
周りがどう動くかは始まってみなければ分からない。
だが、後手に回ってしまえば、ルーミアの得意な形には持ち込めないだろう。
故に、考えられる最善は、出し惜しみをせずに開幕から全力を発揮する事。
一見消耗が最も激しいように考えられる選択肢だが、下手に受けに回って、攻撃を捌いたり、避けたりで余計な労力を費やすのならば、すべてをなぎ倒した方が早い。
(早く倒せばそれだけ早くリリスさんのところに帰れますからね。よし、そういう方針でいきましょう)
むしろ、それこそが第一目的であるかのようにルーミアは強い決意を抱いた。
実況の声を聞き、間もなく始まりを告げるというところで、ルーミアは己の肉体に魔力を馴染ませ、行きわたらせる。
そして――パンッ、と何かが弾けたような甲高い音が会場に響いた。
その合図を皮切りに会場は沸き出す。お祭りの始まりを告げる合図に誰もが心を躍らせる。
そんな中でルーミアは、ふぅと小さく息を吐き、その身に風神を宿した。
「
出し惜しみはしない。
幾度なく重ねられた強化を持って、ルーミアは台風と化した。
そして、はるか遠くの観客席をも揺らすほどの暴風を纏い、得意の暴力で周囲の者達を容赦なく蹂躙した。
「――五名まで通過なんですよね。だったら……このグループから通過するのは私だけでいいです」
風が収まったころにはステージの中央でただ一人、ルーミアだけが立っていた。
他の者達は戦闘不能で倒れていたり、場外に叩きだされて呆けていたりで、戦う資格はもう持っていなかった。
僅かな静寂が場内を支配する。
やがて、実況の勝者宣言が行われ、激しく場内はどよめいた。
そんな混乱の最中、観客席の最前列のリリスと実況の隣に解説として座るアンジェリカは、特に慌てるわけでもなく、想定内だといったように微かに笑みを浮かべていた。
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