第110話 脱衣所ハプニング
浴場についた二人は脱衣所で着替えていた。
湯に浸かるということは当然裸になる必要がある。そんな当たり前の行為が、今はとても恥ずかしいとリリスは心の中で嘆息を漏らした。
(平常心。平常心です)
女性同士の裸の付き合い。本来ならそれほど羞恥心を煽られるようなものでもないはずなのに、これほどまでに心を掻き乱されるのは何故だろうか。リリスはドキドキと波打つ心臓をギュッと抑えるようにして、ゆっくりと衣服を取り去っていく。
「
「ル、ルーミアさん? いったい何を……?」
「さーらーにー、
また一枚、パサりと衣服が床に落ちた――その時。
どう考えてもこの場の状況にはそぐわない詠唱が近くから聞こえてくる。
リリスの揺れ動く心は混乱で上書きされ、また突拍子もない事をしでかそうとしている少女――――ルーミアに視線を向ける。
リリスは一瞬だがほっとした。
ルーミアはまだすべての衣服を纏ったままだ。
しかし、分からない。この場でその魔法が宣言された理由が理解できない。
「必殺! 早着替えーーーっ!」
その場でルーミアが回転した。その強化された身体能力と彼女の肉体にうっすらと纏う風属性の魔力。それらが突風という形となりリリスを襲った。
と言っても攻撃性のあるものでは無い。
せいぜい突然風が吹き付けたため、思わず目を瞑ってしまった、くらいのものだ。
だが、次の瞬間リリスは目を疑った。
先程まで衣服を纏っていたルーミアが、この一瞬で服を脱ぎ去り、身体にバスタオルを巻いた状態へと早変わりしていた。
赤みを帯びたしなやかな肩や、健康的だがスラリとした足が露わになる。
また心の準備をしている最中だったリリスは思わず息を飲んだ。心臓の鼓動が跳ね上がり、顔に熱が帯び始める。
だが、それも束の間。状況を正しく理解。把握。再認識。そうして冷静な思考を繰り返しているうちに鼓動はいつしか落ち着き、冷めやっていた。
「あの……何をしているので?」
「あれ? 見てなかったですか?」
「いえ……見ていたと言えば見ていましたが、見えていなかったと言えば見えてなかったですね」
「ふふーん、全力で脱ぎ散らかしました!」
「魔力の無駄遣いが過ぎる……! しかも胸を張ってドヤ顔決めないでください!」
服を脱ぐ。ただそれだけの行為に魔法まで使って全力を尽くしたルーミアはその慎ましやかな胸を精一杯に張っている。
いつの間にか脱衣所のあちこちに散らばっているルーミアが纏っていたであろうメイド服を構成する数々。ちょうどリリスの足元にも白いフリルが特徴のヘッドバンドと脳裏に焼き付いている黒い布が落ちていた。
「ほら、散らかしてないで拾ってください」
「はーい。あ、それ取ってもらっていいですか?」
「うっさい。自分で拾え、バカルーミア」
「酷い!?」
リリスは辛辣な言葉をルーミアに投げかける。
足元のそれらを拾って渡してやるくらいどうってことないのだが、下手に下着に手を出して感情を揺さぶられたり、ルーミアの悪戯の種を育てたりするのはリリスにとって得策ではない。あくまでも自衛。身も心も癒しに訪れた浴場にて気を張り詰めっぱなしなのは度し難いことだが、ルーミアの行動が読めない以上油断は禁物だ。
(正直タオルを纏っててくれて助かりました……。あの痴女なら平気で裸になってもおかしくないですからね……)
「む、何か失礼な事考えてませんか?」
「別に。ルーミアさんが痴女だとかどこでも脱ぐとか思ってませんよ」
「思ってるじゃないですか!? それにこれからお風呂入るから脱いでもよくないですか?」
「ダメです」
「どうやってお風呂に入れと? まさか着たまま入れなんて言いませんよね?」
「…………」
「ちょっと? リリスさん?」
風呂に入るということは服を脱ぐという行為が正当化されるということ。
その特権がルーミアに与えられていることを恨めしく思うリリスだったが、さすがに他人の入浴を禁止する権利を持ち合わせてはいない。
黙ったままのリリスに返事を求めるルーミアは不安そうな表情を浮かべる。だが、リリスはそっぽを向いた。全力で見て見ぬふりをしている。
そんなリリスのことを面白くないと思ったのか、ルーミアはまたしても悪戯な笑みを浮かべて彼女に迫り寄ろうとした。
何かを企むルーミアにぎょっと目を見開いて身を強張らせたリリスだったが、次の瞬間小さな悲鳴が聞こえた。
「あっ……」
「ルーミアさん!? 危ないっ!?」
ルーミアが自分の撒き散らした衣服に足を取られて体勢を崩した。
背中から落ちるように倒れていく。そんな姿がリリスの目にスローモーションで映し出される。
リリスは咄嗟に手を伸ばした。幸いにも悪戯を仕掛けるために忍び寄ってきていたおかげか伸ばした手は彼女に届いた。
だが、倒れゆく少女の体勢を立て直すまでには至らない。それどころか引っ張られるようにリリス自身まで身体を持っていかれる。
そのままリリスはルーミアに覆い被さるように倒れ込み――――。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。構図としてはリリスがルーミアを押し倒して馬乗りするような形になるだろうか。巻いたバスタオルははだける一歩前で、少し身動きを取っただけでも捲れてしまいそうなほどに頼りにならない。さらには、リリスの両手の状況も悪い。伸ばした左手はルーミアの右手首を掴んで押さえつけているかのようにも見える。
そして――――右手は見事に、ルーミアの控えめな胸を揉みしだくように添えられていた。
「あ、あっ……」
「リリスさん……襲われるのが嫌なのは、襲う方がよかったってことですか? それならそうと先に言ってくださいよ」
余裕そうに軽口を叩く少女だが、耳まで真っ赤に染まりきっている。白い髪から覗く白い肌に乗る赤のコントラストはよく映えて、よく目立つ。
潤んだ瞳が揺れる。余裕の中に見え隠れする羞恥は攻守が入れ替わったことによるものだろう。
そんなルーミアのかわいらしくもいじらしい、中々お目にかかることのできないレアな表情を危ない態勢で拝んだリリスは――――ボンっと顔を真っ赤に爆発させ、声にならない声を上げて意識を失った。
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