第109話 詰み

 その後、旅を楽しむ方向に心を入れ替えたが隙を見ては話し合いを重ねた。だが結論は出ず、互いの主張が交わらないまま、二人は宿を前にしていた。


「まずいです。ルーミアさんを説得できないままここにたどり着いてしまいました」


「説得する必要あります? 私は無いと思います」


「あなたはないかもしれないですが、私にはあるんです! このままではとても危険です」


 宿に入り、泊まることを伝え、後はどのような部屋の取り方をするかで揉めている最中だ。

 親しくない男女などであれば部屋を分ける事はあるが、女性同士で部屋を分けようとしているのは珍しいのか店主も不思議そうにしている。


「ちなみにですが別々の部屋でもいいですよ」


「えっ、どういう心変わりですか?」


「もし二部屋取るなら宿代と一緒に扉の修繕費を先に払っておきます」


「壊すことを事前申告!? それは宿の方に迷惑なのでやめてください」


 これまで頑なに拒否していたリリスの主張をあっさりと受け入れたルーミア。だが、その裏には彼女の掲げる最終手段があった。


 馬車の中での会話でもそのようなことを口走っていたが、まさにそれこそが秘策。隔てる扉など無意味である事を力で証明するとルーミアは息巻いていた。


(あれ……もしや詰んでるのでは?)


「さあ、どうするんですか?」


「一部屋でお願いします……」


「やったぜ」


 リリスの選択によって訪れる未来が左右される。だが、その結末が変わらないのなら無意味な損害は出すべきではない。そんな苦渋の決断であることがリリスの表情からよく読み取れる。


 敗北感を覚え悔しそうに口端を噛むリリスとは対照的に、ルーミアはとても嬉しそうにしている。リリスの選択がどちらに転んだところで、ルーミアには問題ではなかったということだ。

 リリスは恨めしそうにルーミアを横目で睨みながら、代金を払い部屋のカギを受け取った。


「さ、行きますよ」


「はーい」


 鍵に記された部屋番と一致する部屋を探すリリスと後ろをついて歩くルーミア。

 しっかり者の姉と手のかかる妹のような二人。そして、現在の服装から主人と従者のようにも見える二人。そんな彼女達の読めない関係性を不思議に思う宿の店主だった。


 ◇


「さて、無事に宿も確保できたことですが……これからどうしましょうか?」


「まだ休むには少し早い時間ですよね」


 部屋に入って一息ついたところで二人は顔を見合わせた。

 宿を確保しなければならないため早めに町に入ったこともあり時間はまだ夕暮れ。

 夜遅くに宿を探し出して、どこも満室で寝るところを確保できないというのが最悪のパターン。その場合は野宿することになるのだが、ひとまずそのルートを避けられたことにリリスはほっと胸を撫で下ろした。


 ともあれ、横になるのにはまだ早い。

 日が暮れるまで少しばかり楽しんでも問題はないだろう。


「ルーミアさんは何かしたいことありますか?」


「私ですか? そうですね……少し汗をかいたのでお風呂に入りたいです」


「……奇遇ですね。私もそう思ってました」


 空き時間を埋めるために何をすべきか。

 その点についての話し合いはする必要がなさそうだが、リリスは複雑な表情を浮かべている。


 偶然にもいきたい場所が合致して、本来ならば共に行く流れになるのだろうが、リリスはジトーっとルーミアを半目で眺めている。

 今日一日の出来事を振り返って、リリスはどうすべきかと考えた。


「えっ、えっ。ジッと見つめて何ですか?」


「いえ、嫌な偶然だなと……」


(選択肢その一。ルーミアさんと一緒にお風呂に行く。危険度は……言うまでもなくSランクです。選択肢その二。私がお風呂を諦める。私も汗を流したい気分だったので残念ですが……今はこれが最適解でしょうか)


 リリスの頭の中で究極の二択の天秤が揺れ動いている。

 女の子として身だしなみのケアは怠りたくない。

 だが、ルーミアの存在があまりに危険すぎる。


 リスクを避けるか、欲に従うか。

 天秤がぐらぐら揺れるが、しばし頭を悩ませたリリスはある結論に至った。


(あれ……? どのみち襲われるのならきちんと身体を綺麗にしておいた方がいいのでは……?)


 ボフッと顔を真っ赤にさせたリリス。

 結局ルーミアを遠ざけることはできず、今もなお同じ部屋の隣のベッドに腰掛けている。

 最終的に彼女の手にかかるという結末が変えられないのならば、遅かれ早かれの違いしかない。


(べっ、別に期待している訳じゃありません。襲ってほしいなんて思ってない……はずです)


 いつの間にかそのような前提で想像をしてしまっていたリリスは、その考えを振り払うように頭を勢いよく横に振った。

 そんな挙動不審なリリスをルーミアは心配そうに見つめている。


「リリスさん、大丈夫ですか? 何だか顔も赤いですし、疲れているなら早めに休みましょうか?」


「……大丈夫です。行きましょう」


(そういう気遣いはちゃんとできるの……本当にずるいです。でも、ちょっと優しくしてくれたからってそう簡単に絆されてあげません)


 ルーミアの心配を受け、少しときめいたリリスだったが、ハッと気付いて顔に出ないように努めた。


 既に色々と押し切られているが完全に屈するつもりはない。

 それでも、受け入れつつあるのか、拒む姿勢は弱くなり始めている。

 そんな内心の変化に気付かないふりをして、リリスはルーミアと浴場へと向かうのだった。


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