第147話 魔導師キラー

 ルーミアは予選の様子を控室から退屈そうに眺めていた。

 無論、色とりどりの魔法が飛び交う様子は美しいと思う。急造のチームでも連携して勝ち上がろうとする姿は素晴らしいと思う。だが、心躍らない。


「魔導師の撃ち合いって派手ですけど地味ですよね」


「どっちですか?」


「いや……うん、そうなんですけどね。アンジェさんと戦ってしまったからでしょうか。この中にも強い方はいっぱいいるんだと思いますが、どうしても比べてしまうといいますか何と言いますか」


 アンジェリカという魔導師の完成形を見てしまったからだろうか。

 ルーミアの目に映る参加者たちの姿はどれも劣化版に思えてしまう。混戦ならばまだしも、一対一の試合になった時に負けを想像できない。だからこそ、この空いた時間が退屈に思えてしまう。いわゆる強者の余裕を見せていた。


「白魔導師が参加しているというだけでも異例なのに、ルーミアさんは戦闘スタイルも異例ですからね。やっぱり魔法を主体に戦う人は基本後衛職ですから、ルーミアさんとは相性最悪ですね」


「アンジェさんみたいに距離を詰めさせない戦い方ができればいいんですけどね」


「そんなことさせずにお構いなしに近付いて蹴っ飛ばす人が何言ってるんですか」


「……だって遅いんですもん」


 まさしく今行われているような、魔法の撃ち合いがこの大会の花形。だが、そこにルーミアという異端の白魔導師が紛れ込んでしまった以上、それだけでは勝ち上がれなくなるだろう。


「というかルーミアさんにどうやって勝てばいいんですか?」


「……私の速さに最低限反応できるくらいの反応速度と動体視力があって、私の処理能力を上回るくらいの高威力の弾幕を張れればワンチャン……って感じじゃないですか?」


「無理では?」


「アンジェさんはやれましたよ?」


「あの人と比べるのは酷ですって」


 リリスはルーミアにルーミアの攻略法を尋ねる。

 ルーミアは少し考えて真面目に答えるが、その攻略法を実行できる者がどれだけいるかというのが問題だった。


 第一にルーミアのスピードについていけるか。

 その時点でこの大会に参加している者のほとんどが脱落するだろう。


 そして第二に、ルーミアを近付けさせないような、足を止める手段を持っているか。

 ルーミアに魔法を当てる事がそもそもの話至難の業だ。

 高速で動くルーミアを視認して、きっちり狙えるだけど魔法速度と魔法精度。

 そして、それがどれだけ高威力を保っていられるか。


 ルーミアは魔法を壊しながら突撃してくるし、白魔導師という性質を最大限利用して、こけおどしの魔法ならば回復魔法頼りで防ぐことすらしないかもしれない。

 足を止められなくても、せめて回避行動を取らせるような何かができなければ戦いの土俵にすら立てないだろう。


 最後に防御能力。

 ルーミアの物理攻撃に対抗する防御手段を持ち合わせているか。

 といっても魔法を破壊しながら突貫してくるルーミアに対する一番の攻略法はやられる前にやる。それほどまでにルーミアは手の施しようがない、対魔導師に特化した魔導師キラーなのだ。


「あ、終わりましたね」


「この後は……休憩時間を挟んで、その間にトーナメントを発表ですか。予選は四グループに分かれてましたが、ルーミアさんのところはルーミアさんしか通過していないので……三回勝てば優勝ですか」


「四回じゃないんですか?」


「私が運営側だったらルーミアさんが戦わなければならない数は少しでも減らしたいです。シードになるんじゃないですか?」


 ルーミアの戦闘スタイル的映えない戦闘が行われるのは容易に想像がつく。

 そんな試合を少しでも減らすために運営側がトーナメント表の作成に手を回しているのではないかとリリスは予想した。


 その予想通りに数分後に発表されたトーナメント表の一番端にルーミアの名前はあり、一回戦は免除のシード枠だった。


「……まあ、別にやることは変わらないのでいいですけど。でもリリスさんにかっこいいところ見せられる機会が一つ減ってしまいました」


「どうせ単純作業の繰り返しじゃないですか。対戦相手が変わるだけのリプレイを見せられたってかっこよくはないですよ?」


「うぬぬぬぬぬ……にゅっ」


 リリスの膝に座っていたルーミアはうめき声をあげて反対側を向き、ふくれっ面でリリスを見つめる。

 そんな膨らんだ頬をリリスに押しつぶされ抜けた声を上げたルーミアは頬を引っ張られ笑わせられた。


「にゃにするんでしゅかっ」


「かっこいいところが見れない分かわいいところを拝んでおこうかと」


「っ……それはずるいです」


 ふいにどきりとさせられたルーミアは顔を逸らそうとしたが、リリスの両手で押さえられていて朱に染まる顔を隠すことができない。

 ならばと思ったルーミアはリリスの胸にポスッと顔を押し付けてその顔を隠した。


「かわいい顔……隠さないで見せてくださいよ」


「んっ!」


 ルーミアはリリスの背中に回す腕の力を強めて拒否の意を示す。

 それを見てリリスは呆れたように笑い、ルーミアの頭や背中をあやすように撫でる。


「ルーミアさんにとってここはまだ通過点でもしかしたら優勝すら前座なのかもしれませんが……私は楽しみにしてますし、ちゃんと見てます。なので頑張ってくださいね」


「……はい。全部の試合を十秒で終わらせて優勝します」


「……それは、対戦相手と実況と解説の方がかわいそうですね」


 ルーミアがどのような心持で試合に臨むかはリリスには分からない。でも、リリスにとっては目を外せない大切なモノになるだろう。たとえそれがどれだけ短くて、どれだけ人の目に映らなくても、自分だけは見逃さない。

 そんな決意のような真っすぐな想いを伝えるとルーミアは嬉しそうに微笑み、ルーミアもまた宣言する。


 それを聞いたリリスはルーミアの対戦相手やその試合を実況する者など諸々の関係者を思い浮かべ、心の中で合掌した。

 そして――待機時間と休憩時間でたっぷりリリスと密着したルーミアは、宣言通りに対戦相手を下し――決勝へと駒を進めた。

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