第125話 『私の』
冒険者ギルド王都セルヴァイン本部。
その視察という名目上の仕事をこなすべくルーミア達は昨日に引き続きそこに訪れた。
二人は冒険者達の邪魔にならないところに座り、各々の役目を果たす。
リリスはひっきりなしにペンを動かしてメモを書き連ねている。一方でルーミアは近付く男性冒険者を見境なしに威嚇しては、リリスに叱られるという醜態を繰り返していた。
「ルーミアさん、近くを通り掛かっただけの冒険者さんを威嚇するのはやめてください。みっともない」
「通りがかったフリをしてリリスさんを狙う輩かもしれないじゃないですか」
「……どっちかというとルーミアさんの方が狙われる対象になりやすいと思うんですけどね」
ルーミアはリリスの心配ばかりしているが、リリスからしてみればルーミアこそ真っ先に狙われる対象だ。控えめに言っても整った良い顔、体の起伏はやや乏しいかもしれないが、スタイルも悪くない。大人しくしていれば庇護欲を唆られる可愛らしい見た目に、小動物のような仕草。
なぜ自分を対象から外しているのかという疑問が尽きないリリスは、ルーミアの事もチラチラと気にかけており、猫のようにかわいらしい威嚇を繰り返す姿を見てはそれを咎める。
「……おかしいです」
「何がですか?」
「皆さん私の事をあまり怖がってません」
「ああ……そういう事ですか。ルーミアさんは向こうだと暴力姫として有名ですが、こっちではまだまだみたいですね」
「……不名誉な呼び名が知られてないのはいいことです……が、困りましたね」
ユーティリスでは高ランク冒険者としても、すぐ手が出る事でも有名なルーミアだが、ここは王都セルヴァイン。ルーミアの事を知る者はほとんどいない。
だからこそ、普段のように恐れられない事が新鮮でもあり、ちょっとした威嚇が機能していない事がどうにも慣れないルーミアはやや困惑気味だ。
ユーティリスでは一睨みするだけである程度人を散らすことができた顔も、ここではむしろ人を寄せ付ける要因となってしまっている。
リリスの言うようにルーミアはかわいい。言ってしまえばルーミアとリリスは美少女ペアだ。声をかけたい、お近付きになりたい。そう思う者がいるのも何ら不自然ではないだろう。
周囲を見渡すとルーミアとリリスを眺めながらコソコソと話す冒険者の姿も多数見受けられる。
そして――ついに勇気ある挑戦者が現れた。
「ねえ、君たち……」
「先手必勝!
「ルーミアさん、待てです」
「……はい」
話しかけてくるのを遮ってルーミアは強化を施して撃退しようとする。そこにリリスが待ったをかけ、ルーミアをステイさせた。
さすがに声をかけただけで問答無用で暴力が降り注ぐのは一種のテロだ。更にはルーミアの宣言した比較的強力な強化から繰り出される一撃は人体に大きな影響を及ぼすだろう。
それを事前に止めたリリスの功績はとてつもなく大きいのだが、この狂犬白魔導師の本性を知らぬ者からすれば、状況が飲み込めないといったところだろう。
ひとまずリリスは声をかけてきたチャラチャラとした男性冒険者から要件を聞くことにした。
「何かご用ですか?」
「あ、いや……普段見かけないかわいい子がいたから。よかったらこの後一緒にご飯でもどう?」
「遠慮しておきます」
「そう言わずにさぁ。あ、お金のことなら心配しないでよ。ちゃんと奢るから、ね」
「結構です」
「……えー、釣れないな。ちょっとだけでいいから付き合ってよ」
「……それ以上はやめておいたほうがいいですよ」
言葉が連ねられる度に、ルーミアの怒りのボルテージが高まっていくのをひしひしと感じたリリスは忠告をした。
ここで退くのならセーフ。これ以上進むのならばアウト。その境目に立つ彼はどちらに足を進めるのか。
彼の選択を半目で見定めていたリリスだったが、諦める様子のない事に呆れてため息をついた。
「……チッ、下手に出てりゃ調子に乗りやがって。いいから黙って着いてこいよ。俺の仲間も集めて楽しい事教えてやるからさ」
素っ気ない態度を貫かれ業を煮やしたのか、その男は苛立ちを含んだ声色で、リリスを睨んだ。
女性の気を引くための張り付けた態度も見る影を失い、声を荒らげて距離を詰める。
だが、リリスは落ち着き払った様子で眺める。はっきり言ってその選択は下策も下策。無知は罪。この場にいるのが誰なのか分かっていないという無知は、これほどまでに大罪なのかと、むしろ男の事を憐れにさえ思っていた。
「……汚い手で私のリリスさんに触らないでください」
リリスの手首を狙って伸ばされた手に向かって横から白い軌跡が走る。
目にも留まらぬ早さでその腕を掴み、万力のように締め上げる――ご立腹の姫はもう待てなかったようだ。
「っ! 何だてめぇ、いででででっ。おいっ、離せっ!」
「嫌です。その腕へし折ってやります」
ルーミアか手に力を込めると、ミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
逃れようとその手を振り払おうとしても、ルーミアの手は蛇のように喰らい付いて離さない。
「待てっ! 悪かった! もう何もしないっ! だから見逃してくれっ」
「えー。って言ってますけど、どうします?」
「まあ、いい見せしめにはなったでしょう。これがユーティリスの誇る異端の暴力姫。白い悪魔ですから」
「ちょっと! それは内緒です。しーっ、ですっ!」
折られるを通り越して砕かれるとさえ感じた男は解放されると腕を押さえて一目散に逃げ出した。
そんな惨めな姿を気にもせず、ルーミアはリリスが声高々に行った暴露にギョッと目を見開き、全力で彼女の口を手で塞ぎに行く。
「んー、んーっ、ぷはっ。もう言いませんから許してください……多分」
「……仕方ありません。次言ったらここで塞いでしまいましょうか」
「……え」
周囲のザワついている様子から、ルーミアの異名暴露はある程度の効果を成したのかもしれない。
だが、その名が広まるのは本意でないルーミアは不満そうに頬を膨らませてジトーっとリリスをかわいらしく睨みつける。
リリスは曖昧な受け答えて乗り切ろうとする。この様子ではきっと隙を見てまた広めようとするだろう。その雰囲気を感じ取ったルーミアは、ぼそっと最終手段を提示して自身の唇を指で軽くなぞった。
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