第66話 簡単なお仕事(当社比)
依頼のランクはその依頼の難易度によって紐づけされているが、難易度といっても一口には語れない。
主な難易度の高い依頼のイメージといえば、討伐対象が強力で、何かしら命の危険となるものが付きまとうものだが、それ以外にも発見自体が困難だったり、危険が少なくとも討伐が困難だったりとで難しいにおける幅がある。
今回ルーミアが引き当てた金剛亀の討伐は討伐自体が非常に困難なものに当たる。
特筆すべきはその防御力と耐久性。
危険が迫ると硬い甲羅の中に身体を引っ込め、危機が去るまで籠り続ける。
頭や手足などの出し入れする部分も防御形態をとった際には甲羅を同質のもので塞がれ、中を直接攻撃することは不可能に近い。
一方で攻撃力はそれほど高くない。
せいぜい大きく硬い甲羅を利用した体当りがいいところだが、俊敏性に優れている魔物ではないので、挙動にさえ気を付けていれば簡単に避けられる。
そんな危険性の低い魔物でも、その突き抜けた防御特化の能力故にAランク帯に位置づけられているこの依頼。
総合的な観点から見て依頼難易度が算出されることを考えると、いかに一点に特化しているステータスなのかがよく分かる。
「ちなみにアンジェさんならどうやって倒すんですか?」
「私なら……同じところに何度も攻撃を当て続けて気長に削っていくしかないだろうな。あの甲羅は物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性がある。甲羅を壊すのが先か、私の魔力が尽きるのが先か……どちらだろうな?」
「Sランク冒険者にそこまで言わせるなんて……さすが防御能力だけでAランクの依頼になっているだけはありますね」
「だが、それを引いたルーミアは豪運だな。君のようなスピードタイプの高火力アタッカーなら、そもそも金剛亀からの攻撃を受ける心配もないだろうし、常に攻撃に専念できる。ついでに私も楽ができる。いいことづくめだ」
防御特化の魔物といえど攻撃能力が皆無なわけでもなく、隙があれば反撃もしてくる。
危険はそれほどなくとも、硬い甲羅での体当りは警戒したほうがいい。とはいえ、ルーミアのような高速アタッカータイプの者ならよほど密着していない限り見てからでも避けられる。
そういう意味ではいい依頼を引き当てた。
だが、それはルーミアが金剛亀の防御を貫けるということを大前提としたものだ。
「私の攻撃で貫けると確信してるんですね……。そういえば他の依頼はどんなものがあったんでしょう? アンジェさんは何か知ってますか?」
「詳しくは知らないがAランクの依頼は知っているから予想は付く……。私が出張る必要のある依頼も恐らくはあっただろうな」
「そうですか。だったらなおさらこの依頼でよかったのかもしれません」
ルーミアが引き当てなかった残りの依頼書にどんなものがあったのかは分からない。
もしかするとこの依頼よりも楽ですぐ終わりそうな依頼が残っていたかもしれないし、ルーミア一人ではどうにもできずにアンジェリカの力を必要とする依頼があったかもしれない。
昇格試験の依頼が確定してしまった今、過ぎたことを言っても仕方ない。
ルーミアにできることは、この依頼に全力で取り組む。ただそれだけだ。
「さ、お仕事の時間だな。私は見ているから頑張れ」
金剛亀は発見もそう難しくない普通のAランク魔物だ。
目当てのそれに遭遇し、アンジェリカはルーミアの肩を軽く叩いた。
のそのそと歩くそれはルーミアより少し小さいくらいの大きさで、ずっしりと見るからに堅牢そうな姿は存在感を放っている。
「分かりました。サクッと終わらせておいしいご飯ですっ!
いつも通りに身体強化を発動。
強化段階を引き上げ、一気に金剛亀へと肉薄する。
そんなルーミアに気付いた金剛亀は素早く頭と手足を甲羅の中に引っ込めた。
完全防御態勢に入り、危機が去るのを待つ構えだ。
「せーの、おりゃ!」
気の抜けるような掛け声とともに勢いよく振り下ろされた拳。
黒いガントレットと甲羅がぶつかり合いゴンと鈍い音が鳴り響く。
「かったい。
ゴンッ、ゴンッ、と鈍い音が何度も響く。
甲羅に籠って動かないそれはルーミアにとっては殴ってくださいと言わんばかりのいいオブジェクトだ。
たまに反撃で体当りしてくるが予備動作が大きく分かりやすいため、ルーミアは見てから軽々と躱し追撃の拳を叩き込んでいく。
「
アンジェリカの言葉では、なるべく同じところに負荷を集中させた方がいいというものだったが、甲羅に籠られ頭や手足出し入れする部分を塞がれるともはや全体が甲羅だ。
模様もどこも似たり寄ったりでどこを殴ったんかなんて覚えていられない。
だが、そんなことなどお構いなしにとにかく全力で拳を叩き込み続けていると、ここでついにぴしりと甲羅にひびが走った。
「お、きたきた~。
ひびが入ってしまえばあとはそこに狙いを定めて拳を振り下ろすだけ。
さらに強化段階を高めて的確に何度も撃ち抜き、ぴしり、ぴしりとひびを広げていく。
「これでっ、トドメですっ! 瞬間最大出力、
反撃の体当りを躱すと同時に大きく飛び上がり空中で身体をひねる。
そのまま落下の勢いを加えた渾身の一撃は、ひびの入った部分にどんどんめり込んでいき、ついにその難攻不落の要塞を叩き割った。
甲羅を貫いて中に籠る本体にも多大なダメージが行きわたり、無事に討伐は完了した。
「お疲れ様。見事だったよ」
「ありがとうございます! でも……こんな簡単でよかったのでしょうか?」
「これを簡単と言い切れる人間はそれほど多くはない。そういう自分に合った依頼を引き当てられたことも含めて運も実力のうちというだろうし、素直に喜べばいい」
「あっ、ちょ、喜ぶのでわしゃわしゃするのはやめてください!」
ルーミアからしてみればいつも通りの依頼。
何なら普段受けている依頼よりも難易度は低いと感じてしまったほどだ。
なんというか拍子抜けして実感が湧かない。
そんな喜びよりも困惑が勝るルーミアと、そんな彼女の頭を撫でまわし励ますアンジェリカだった。
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