第52話 炎上少女
ゴオッと吹き出る炎。
殴りつけた箇所を弾きながら炙る。
人を超える体長で、鋼鉄の身体で高い防御力を誇るといえど、元は昆虫系の魔物。
炎熱には弱い魔物である事は容易に想像できる。
弱点を突くというのは戦闘に置いては極めて当たり前で重要な事。
物理攻撃に特化していてもルーミアは白魔導師。
曲がりなりにも魔導師であるからには魔法攻撃も可能なわけで、それを使わない手はない。
「うわ、かったいなー。あんまり受けると腕が痺れちゃうよ」
鋭い鎌の斬撃を避け、避けきれないと判断したものはガントレットの硬い部分で受けとめる。成長しより濃い黒色になればなるほど硬くなる鎌はとても鋭い。防げなければひとたまりないのは明確だろう。
ルーミアは剣士を相手取ってると見なして、回避を優先に立ち回る。
「ほいっ、せっ、やあっ!」
カマキリの足を蹴りつけた勢いのまま軽やかな動きでその体躯を駆け上がる。
途中何度か炎の蹴りを叩き込みながらアクロバティックに背中に飛び乗ったルーミア。振り落とそうと大きく揺らされる身体を力強く踏みつけ宙に躍り出る。
「
火炎を纏う黒いブーツが、カマキリの肉体にめり込み焦がす。
かなり効いているようで激しく暴れルーミアを振り落とす。ルーミアは落ち着いたようで宙に投げ出され、勢いを殺しながらスタっと着地を決める。
「今のはよかったかな。でも、ほんとに硬いね。素材として破壊したくないけどあまり出し惜しみはしてられないかも……?」
身体強化による肉弾戦。付与によって火属性を纏う拳と脚。
攻撃力を高める組み合わせだが、それを耐える昆虫とは思えない身体にルーミアは舌を巻いた。
この依頼はただ討伐すれば完了の類ではなく、この鋼鉄カマキリの肉体を素材として提出する必要のあるものだ。何も考えずにただ倒すだけならばもっと効率の良い倒し方がある。出力度外視、マックス強化で挑めば恐らく容易に討伐はできる。
だが、それをしてしまうとボーナス査定が落ちる可能性がある。
特に身体強化の段階を引き上げすぎて、容赦なくその素材部分に破壊の限りを尽くしてしまうことだけは気を付けなければいけない。
故に、思考を止めてはいけない。
これは練習なのだ。敵を倒すの過剰な火力を用いず、適切な力加減で倒しきるための特訓。実際に対峙して得た情報から、最も効率の良い討伐手段を見つけ出す必要がある。
「
さらに一段階強化を引き上げて接近。
鎌を掻い潜ってインファイトに持ち込む。
炎を纏った拳の雨が降り注ぎ、あちこちに熱傷が刻まれていく。
「よっし! いい感じいい感じっ!」
調子が上がってきたルーミアの猛攻は加速する。
どの一撃も火力を意識した重攻撃。鋼鉄カマキリの硬い身体も悲鳴を上げている。
そんな時、後方から一粒の魔法攻撃が飛来した。
カマキリの顔付近に命中した火の魔法は僅かにその身体を仰け反らせる。
(へぇ、後方支援を受けるのってこんな感じなんですね)
「灼熱蹴り《ヒート・スタンプ》」
ルーミアにとっては初めての感覚。
後方支援によって生まれた隙をついて、容赦なく蹴りを入れる。
確かなダメージが蓄積され、敵の動きもかなり鈍っている。勝利が見え、あとは詰め切るだけ――――だったが、不意に視界がスローモーションに流れる。
(あ……これ、当たっちゃうな)
特攻するルーミアの目に映る魔法の弾幕。
ルーミアを助けるために放たれた援護射撃なのだろう。しかし、ルーミアはその射線上に飛び込んでしまうのが分かった。
見誤っていたとすれば、ルーミアの機動力と移動速度。
ルーミアは戦場を駆けまわる。そんな彼女と息を合わせようと思うのなら、最低限の速度とルーミア自身に対する理解が必要だ。
だが、ルーミアと彼らは他人。
同じ前衛でもまったく違う人間、身長、戦闘スタイル。
いきなり完璧に連携を取るなどできるはずもなかった。
ルーミアに当てるつもりなどこれっぽっちもない魔法だった。
それでもルーミアの縦横無尽の機動が、射線に割り込んだ。
どうしたものか。一瞬の思考の末、ルーミアはそのまま踏み込んで弾幕の射線上に躍り出た。
「解呪改め――――
左後方から自身へと向かって飛来する魔法に対してルーミアは反転、そのまま勢いを殺さず裏拳を繰り出した。
自身に着弾する魔法を的確に撃ち抜いて、無効化して壊す。
そうして弾幕の穴を広げ、ルーミア自身は無傷で切り抜ける。
残った魔法は鋼鉄カマキリの巨体を縫い留める支援としてきちんと機能していた。
「
裏拳の勢いのまま、回し蹴りでガードを開ける。
そのまま横に薙ぐように爪先を差し込み、片方の鎌を捩じ切り弾き飛ばす。
さらに反転、回し蹴りをもう片方の鎌に押し込み圧し折る。
ルーミアは踊るように回る。流れるように回りながら次々に蹴りを刺し込んでいく様子はさながら、燃え上がる車輪で轢いているかの様だった。
「これでっ、トドメだっ!」
留まる様子を見せない勢いのまま最後の蹴りが横一閃。
タフだった鋼鉄カマキリもその一撃でようやく事切れた。
「あっ、ちょっと目が回った~。ふらふらする~」
激しく回転したルーミアは目を回し、少しふらつく素振りを見せる。
こうして油断を晒すのも、確実に倒しきったという確信がなければできない芸当だろう。
しばらくして視界が正常な状態を取り戻し、周囲に危険がないか見渡す。
敵性のある存在は見当たらない。ルーミアは身体強化と付与で纏う炎を解いて、二人の冒険者へと近付いた。
「別に逃げてもらってもよかったんですよ?」
「え、その……白い悪魔さんに押し付けて逃げるのは何か違う気がして、何もできないけどせめて援護だけでもって。でも、それもむしろ邪魔になっちゃったみたいで……すみません」
「いえ、助かりましたよ。援護を受けたのは初めてなので新鮮でした。……ところであれ、私がもらってもいいでしょうか?」
「ああ、俺達じゃ手も足も出なかった……。助けてくれてありがとう」
「どういたしましてです。では、あなたたちも気を付けて」
ルーミアはそれだけ確認すると、彼らの手に触れ
そして、鋼鉄カマキリの素材をマジックバックに詰め込むと、次なる獲物探して颯爽と去って行った。
「あれが……白い悪魔、か。すごかったな」
「ね、めちゃくちゃ強かったね」
多くの者に知られつつある、ルーミアにとっては不名誉な呼び名。
彼らはそれを口ずさみ、尊敬の眼差しを白い少女の小さな背中に向けていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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