第53話 浄化
Bランクソロの白魔導師ルーミア。
彼女は今水辺を歩いている。さらさらと流れる川の音は涼し気で、足を入れてみれば冷たくて気持ちがいいだろう。
普段の彼女ならばはしゃいで水遊びの一つやってしまうのだろうが、今日の彼女の表情はやけに引き締まっていて、落ち着きや慎重さのようなものが感じられる。
「さてさて、見た目は至って綺麗ですが……この水が汚染されているかもしれないというのは本当でしょうか?」
ため息を吐きながら足元に転がる小石を無造作に蹴り上げる。
ちゃぽん、と小さな水音がいくつか響いた。
事の発端は数日前に遡る。
ユーティリスの町で原因不明の体調不良者が続出した。命に関わるようなものではないが、あまりに数が多かった。
その原因が飲み水にあるということが判明するのにはさして時間がかからなかった。
「基本町で使用される水はきちんと浄化されているはず……。水路に刻まれている浄化魔法の魔方陣も壊れたりはしていないみたいだし、普通の浄化では浄化しきれないほどの毒性が含まれているってこと……だよね?」
歩きながら小石が沈んでいった川に水に首だけを向ける。
町に引かれる水。その水路には水を浄化する機構が取り付けられている。普通の水ならば問題なく綺麗にする浄化の魔方陣。それ自体が機能していないというならば話は早かった。だが、浄化は問題なく作動していていた。
問題なのは浄化を通しても極めて弱い毒性を持ったままの水、ということになる。
「変に弱かったから気付くのが遅れたんですよね」
命の危険自体はないほどに薄まってはいたが、それ故に発覚は遅れた。
いつからこのような水が流れていたのかは分からない。
しかし、きちんと浄化魔法や回復系統の魔法、解毒の薬などで正しい処置すれば健康体を取り戻せるのは不幸中の幸いだった。
ルーミア自身その水を飲んでいたし、体調不良にも気付いていた。
しかし、違和感を覚えた彼女が己に片っ端から施した回復やら浄化やら回復系統の魔法がそれをいともたやすく打ち消したためそれほど深くは気にしていなかった。
たまたま偶然。少し運が悪かった。その程度にしかとらえていないルーミアはそれ以来体調を崩すことなく至って普通に過ごしていた。
そこで何かしらアクションを起こせていたら変化はあったのかもしれないが過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。
今のルーミアに与えらえた任務は水質の調査、並びに汚染原因の追及と排除、そして水源の浄化と盛りだくさんだ。
まずはそちらをきちんとこなさなければいけない。
「冷たい……ちょっとヒリヒリする。
ルーミアは川辺にしゃがみ込み、水に指を浸してみた。
透き通った水はひんやりとしていて気持ちがいい。そう思ったのも束の間、謎の痛みが指に走る。見た目は綺麗でもやはり何かが溶け込んでいる。不快感を覚えながら浄化の魔法を唱えると、何かを打ち消した感覚があった。
「
痛みを覚えた指に回復魔法をかけながら息を吐く。
ルーミアが指を入れた部分は恐らく浄化によって綺麗になった。
だが、すぐに流れゆく汚染された水と混ざり合い、結局町に届くころには元通りだ。
まったくの無意味という訳ではないが、効率は悪いのは間違いない。
「まったく……私は何でもできる便利屋ではないんですけどね。ですが、頑張りましょう」
本来ならば白魔導師のルーミアも町の体調不良者の治療に当たるはずなのだが、自由に動かせてなおかつ問題解決能力も高いということで、外れくじのようなものを引かされてしまった。
むしろ、広範囲で魔法行使できないルーミアは治療班から外されて当然というべきだろうか。あるいはルーミアを治療班に置いておくのはもったいないとの判断かもしれない。いずれにせよ、与えられた任務を遂行するのみ。
だが、裏を返せばこれは特別依頼でもある。
役割を遂行し、問題の解決に貢献できれば、ランク昇格に大きく近付くかもしれない。
不満を感じ仕方なく依頼に当たるのではなく、大きなチャンスでもあると捉え、目的を見据える。
そうすれば幾分かやる気は出るだろう。
ルーミアは立ち上がり、遠く――――上流とその先の水源となる場所を見つめた。
水は上から下に流れる。
下流、中流で悪あがきを重ねたところで、上を何とかしなければ問題は解決しない。
「ひとまず一番上ですね。さっさと終わらせて帰りましょう」
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