第54話 え、私の労働量……ヤバくね?

 ルーミアはその後上流の方に向かって歩いていた。

 当初の予定通りに一定の間隔を進んでは、水に指を突っ込み水質を大まかに調べる。

 鑑定魔法の使い手ではないルーミアがそんなことをしても分かることは少ない。ただ、己の身でその水に害があるか否か、それさえ分かればいい。

 やはり流れてくる水は触れると痛みと不快感を伴う。水流のどこかで突然毒性が湧いているのではなく、流れる水そのものが汚染されていると確信づけるには十分だった。


 では、それはどこから?

 ルーミアは一番上だと当たりをつけているが、実は途中に何かあるのかもしれない。

 目を凝らしながら水中を確認し、不審な物がないか、異変は見当たらないか用心深く観察しながら歩いているものの特に何も見当たらない。


「やっぱり上でしょうかね? 一応見てますが、水の中はよく見えませんし……もういいでしょうか? 身体強化ブースト――――二重ダブル


 見逃しがあってはいけないので念のため丁寧な観察を心がけてきたが、どうにも要らぬ心配な気がしてならない。

 叩くべき大元はもっと違う場所にあるはず、こんなところでうろうろ足を止めていては時間の無駄だと本能が告げる。


 そこそこ気が短いルーミアにしてはよく持った方だろう。

 だが、彼女は道中の調査をすっ飛ばして、一番上から見ることに決めた。そうして、身体強化を施して、上へ上へと駆けあがっていった。




 ◇ ◇




「え、マジ? これ全部浄化しないといけないの……?」


 結論から言ってしまえば、ルーミアの行動は正しかった。

 過程の調査をすっ飛ばして、上流、そして源泉へとやってきた彼女の目に映るのはやや濁った水。


 下の方では薄まって見た目上綺麗だったが、こちらは見るからによくない。

 所々から変な色の煙のようなものが立ち昇っているし、この現状を目の当たりにしたルーミアは顔をひくつかせた。

 やる前から分かる。広大な源泉の水すべてを浄化するのにどれほどの労力がかかるのか。


 魔力的な心配はない。ルーミアはギルドの経費でたんまり魔力結晶を購入しているし、絶対に飲みたくないと豪語している魔力ポーションも押し付けられる形で支給されているため、よほどのことがない限り魔力切れということはないだろう。


「それでもこの量……どのくらい時間かかるかなぁ……? ま、いっか……とりあえず始めよ。アンチポイズン二重ダブル浄化ピュリフィケーション――――四重クアドラ


 割と考え無しの行き当たりばったりな行動を取りがちなルーミアといえど、さすがに何が混入しているか定かでない液体に素手を差し込む勇気はなかった。

 毒対策を念入りに行い、いざ入水。

 冷たさは感じる、だが痛みや不快感はない。そのまま浄化の魔法を唱え綺麗な水へと戻していく。


 それでも膨大な量の水。

 ルーミアの手の周りは一瞬綺麗になる様子を見せるも、すぐに周りの濁った水と混ざり合い、透明感を失ってしまう。


「ひぇ…………四重クアドラじゃ全然足りない……?」


 浄化は波となって広がっていく――――が、全体にくまなく行きわたり浸透するのにかなり時間がかかりそうだ。

 いきなり四重発動はかなり思い切った方だとルーミア自身自覚していたがそれでもまだ足りない。途方もない作業量にルーミアは嘆息を漏らした。

 それでも四の五の言っても始まらない。やるしかない、そう意気込んでルーミアは両手を水に付ける。


浄化ピュリフィケーション――――六重セクスタ


 ルーミアの両の手が輝く。

 その輝きが水の濁りを消し飛ばし、波状に広がっていく。

 そんな時、不意に地面が揺れた気がした。


「何!? この音……何か来る……っ?」


 ルーミアは咄嗟の判断で水から手を引き抜き、大きく後ろへ飛び退いた。

 その直後、水面が大きく揺れ、水しぶきが跳ね上がった。


 ルーミアが先程までいた場所には波が押し寄せて、離脱していなければずぶ濡れだっただろう。


「えぇ? 嘘じゃん……そんなの聞いてないよ」


 水しぶきを腕で遮りながら見上げた先には、大きな影が蠢いている。

 この異変の元凶と思わしき生物、蛇のようで龍のようでもある頭が二つ水面から首を出し、それぞれがルーミアを見下ろしていた。


「どうやらあれを何とかしなければ浄化作業は進まなさそうですね……。はぁ、とんだ外れくじを引いたものです。こいつしばき倒して戻ったら絶対ボーナス要求します。私の仕事……多すぎですって」


 まさかの展開にルーミアも驚きを禁じ得ない。

 地味な単純作業が一転して、危険生物との戦闘へとなった瞬間だった。

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