第161話 合流

 涙も声も枯れるまで泣いた。

 そうしてリリスは、少し乱暴に目元や口元を袖で拭うと、手に持っていた髪飾りを二つとも着け、そっと撫でる。

 寂しいはずなのに、見守られているかのような温かさを感じて、リリスは少しだけ微笑んだ。


「人を呼ばないと」


 まずはリリス自身が無事に帰還して、誰か人を呼んで戻ってくることが第一の目標。廃洋館は既に崩れ去っていて、ルーミアがどれだけ派手に暴れ散らかしたのかがよく分かる。


 そのため、中に残ったルーミアは絶望的だ。元々、脱出という選択肢を選ばなかった時点で、リリスも彼女の状態を察していた。仮にまだ息があるとしても、この生き埋め状態ではもう助からないかもしれない。


 だが、リリスはルーミアに告げた。

 助けに戻ってくると約束したのだ。だから、リリスはルーミアを諦めない。諦めたくない。もし最悪の結末だったとしても、その身体だけはしっかり持ち帰って、お墓を建ててあげたい。


 そのためには、人手がいる。

 だが、リリスはアレンに気絶させられて、廃洋館に連れ去られた身だ。

 現在地も正しく把握しておらず、帰り道も分からない。


「……とりあえず行かなければ。大丈夫です、なんとかなります」


 行き当たりばったりで動くのは不安だが、立ち止まっていても状況は好転しない。

 普段のリリスならば、冷静に助けがくるのを待つのかもしれない。しかし、リリスは今着けている青い薔薇の髪飾りの持ち主だった彼女のように、直感に身を任せてみようと思い駆けだした。


(加速……使えませんか)


 魔剣に祈りを捧げても、リリス単身ではやはり加速の力は引き出せない。

 この時ばかりは、半分しか魔剣に認められていないことを恨めしく思った。


 ◇


 その後、リリスはなんとかアンジェリカと合流することができた。

 少し遅れてリリスの救助に向かっていたアンジェリカはある程度魔力を回復させていたため、魔力感知で逐一状況を把握しようとしていた。

 だが、リリスが連れ去られた座標に向かっている途中で、魔力感知に異変が起きた。


 まずは一つの魔力反応が急速に範囲外に飛び出していった。

 リリスとルーミアの魔力反応は覚えているアンジェリカはその反応はアレンのものだったと解釈した。これを感知して、自分が向かう前に事は済んだのかと感心した。


 だが、その少し後。ルーミアの魔力反応が消失した。

 魔力反応は大小だけじゃなく、人それぞれの質のようなものもある。ルーミアの魔力反応は平常時なら莫大だが、今回はアンジェリカとの激戦を経て、まともな回復も挟めなかったということで、かなり小さなものだった。


 魔力反応が無くなるケースは二つ。

 魔力をすべて消費してしまった際と、死亡した際。

 アンジェリカはきっと前者なのだろうと思い、リリスの魔力反応を頼りに合流を試みたが、いざ彼女と対面して絶句した。


「その髪飾り……。まさか……ルーミアは」


「私はルーミアさんを信じています」


「だが……私の魔力感知からルーミアの反応は無くなっている。おそらくもう……」


「そう、ですか」


 リリスの着ける髪飾りを見て、アンジェリカもなんとなく察した。

 状況的に見て、形見と考えるのが妥当だろう。


 リリスはまだルーミアの生存を信じているが、アンジェリカの視点では絶望的を通り越して手遅れと判断せざるを得ない。

 それをリリスに告げるか一瞬迷ったアンジェリカだったが、希望を持たせて砕かれた方が酷だと判断して、アンジェリカ視点での判断を包み隠さずリリスへと話した。


 それを聞いたリリスは肯定も否定もしなかった。

 分かっていたことだ。覚悟はしていた。だから、顔を悲しそうに歪ませることはあっても、もう涙はこぼさなかった。


「では……せめて遺体を回収したいです。お家に連れて帰って、ちゃんとしたお墓の中で眠らせてあげたいんです」


「……分かった。ちなみにルーミアは出血などはしていたか?」


「していましたが……何か関係があるんですか?」


「魔物が寄ってくる可能性がある。綺麗な状態で回収したいのなら急いだほうがいいな」


 あえて根ほり葉ほり聞きはしないが、正しく事態を把握したアンジェリカはリリスの要望に二つ返事で了承した。

 だが、ルーミアの状態によって話は変わってくる。


 リリスの要望に沿うのならば急を要すると判断したアンジェリカは、自身とリリスに加速の魔法をかけ、彼女の眠る地へと急ぐのだった。


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