第162話 あなたがいた証
その後、元廃洋館跡地、現瓦礫の山に到着したリリスたちは、思わしくない現状に各々よくない反応を示した。
嫌な予感が当たってしまったアンジェリカは苛立ちを募らせて舌打ちをし、リリスは茫然として、力が抜けたのが膝をついた。
魔物がうろついている。
それはアンジェリカが危惧した通り、ルーミアの流した血に引き寄せられ、餌を求めて集まった獣たち。
リリスがアンジェリカと合流するまでに要した時間は長くはないが短くもない。アンジェリカが初めから加速魔法を使用して、リリスとの合流に急いでいればもう少し早くこの現場に戻ってこられたのかもしれないが、アンジェリカはリリスの現在地を見失わないための魔力感知を優先してしまった。
彼女もまたエキシビジョンマッチの激戦を経て、空になるまで魔力を消費した身だ。魔力を回復を挟み、その後すぐにルーミアをリリス救出へ向かわせるサポートのために魔力行使。その後もこまめに回復を挟みながら現状把握に努めていた。万全ではない魔力状況で消費魔力の大きい加速魔法を使わない選択をしたのは彼女の合理的判断故だ。決して責めることはできない。
「周りだけじゃなくて中にも魔力反応があるな……。おい、座っている暇はないぞ」
「……はい」
「やれるか?」
「やります」
「では視認できる周りの魔物は任せるぞ。私も魔力が少ないからすべてを相手することはできん。瓦礫の下の状況が分からないから、飛ぶ斬撃を使うのなら大規模な破壊には気を遣え」
状況は絶望的だが、諦める理由にはならない。
何より、ルーミアを持ち帰りたいと言ったのはリリスだ。その彼女が諦めて座っているのはアンジェリカとしても見過ごせない。
彼女を立たせ、役割を分担する。
瓦礫の中に埋まる彼女を、いち早く救出するために、彼女達はなけなしの力を振り絞る。
◇
魔物の討伐はつつがなく行われた。
冒険者初心者で戦闘経験が乏しいとはいえ、リリスは魔剣の力を引き出せる。アンジェリカという頼もしい味方がいれば、この程度の低級の魔物に遅れは取らない。
アンジェリカは魔力感知を駆使して、的確に瓦礫の中に潜りこんでいる魔物を処理していった。ルーミアがどこで眠っているのかが分からない以上、少し慎重になり時間はかかったが、精密な魔法制御でなるべく瓦礫を壊したり崩したりしないように的確に片を付けた。
魔力反応が無くなったことを確認して、そこから撤去へと移る二人だったが、魔物の処理よりこちらの方が難航しているようだ。
片や新米剣士。力に自信があるわけでもなく、瓦礫撤去に剣は役に立たない。
そして、魔導師のアンジェリカもこちらには向かないだろう。正確には今回課されている条件下では、少し手こずるといった意味だ。
アンジェリカともなればこの瓦礫の山を跡形も消し飛ばすくらいわけない。魔弾が彼女の異名だが、ルーミアとの試合で使用していたような大規模な魔法も使える。
だが、リリスの意向に沿うのならばそれは厳禁。ルーミアの身体をなるべく保った状態でこの山の中から掘り起こすのが目的だ。
つまり、地道に掘り返していくしかないわけだ。
そんな中、少しばかり疲弊していたリリスは、無意識の内にその名前を呼んだ。
「ルーミアさん。出番ですよ。力仕事はあなたの専売特許です」
「……リリス」
「……ぁ。すみません。この髪飾りを着けてから……なんだか傍にいるような気がして」
「……そうか。無理はするなよ」
気丈に振る舞っているが、リリスの傷心は計り知れない。
幻覚を見るほどに壊れてしまっている可能性を危惧してアンジェリカは目を細めるが、リリスはハッとしたようにはにかんだ。
彼女の頭で青い輝きを放つそれは、元はといえばリリスからの贈り物だ。
だが、その贈り物を心から喜び、大切にしてくれていた彼女が残した、彼女の象徴である形見は、彼女の気配を纏っているような気がした。
リリスがその名前を呼ぶのはもはやいつもの癖となっている。
それほど共にいて、無意識でも口が動いてしまうほどに、その名前はリリスの中に染みついている。
心配そうに見つめてアンジェリカに大丈夫だと告げ、リリスは瓦礫の撤去へと向かう。
その背中を見つめて、アンジェリカもリリスの後に続いた。
◇
その後、地道な作業となったが二人係で協力して瓦礫の撤去を進めていったが、結局ルーミアの遺体は見つからなかった。
瓦礫を掘り起こし、邪魔なものはどかしたり、跡形もなく消し飛ばしたり、各々の対処法で着実に掘り、すべてを隈なく探したが、リリスの願いは叶わなかった。
その代わりとして見つかった物といえば、彼女の身に着けていた装備品などだ。
血に塗れたコートの切れ端。愛用のガントレット。彼女以外はまともに使いこなすことができないだろう重量ブーツ。リリスが託した白色のマジックバッグ。そして、汚れてしまっているカチューシャ風リボン。
それらだけが残されていた。
「すまない。私がもう少し早く動いていれば話が違ったかもしれないな……」
「謝らないでください。全部私のせいなんです」
「……今は帰って休もう。一人で抱え込むなよ。落ち着いたら彼女のことを教えてくれ」
「……はい。必ず」
少し湿った声で返事をしたリリスは、ルーミアのモノだった黒いカチューシャ風リボンを頭に着ける。
「ルーミアさんの装備品は全部持っていきましょう。全部……全部彼女がいた証です」
「ああ……そうだな」
リリスはルーミアのガントレットや鞄をギュッと抱きしめて涙ぐんだ。
そして、黒いブーツに手をかけて、リリスは困ったようにアンジェリカを見つめた。
「……そうでした。このブーツ、信じられないくらい重いんでした」
「これはっ……なんて重さだ。あいつはいつもこんなものを履いていたのか……っ!」
「……申し訳ないのですが、手伝ってもらっていいですか?」
「……片方は引き受けよう」
リリスはアンジェリカに協力を仰いだ。
アンジェリカは覚悟を決めて頷いたが、返事の声は若干震えていた。
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