第163話 思い出と懺悔
その後、なんとかして宿まで戻ってきたリリス達は、重苦しい雰囲気の中気まずそうに黙り込んでいた。
アンジェリカの計らいによって泊まることになった高級宿。本来ならルーミアとリリスが利用する部屋だが、今リリスを一人にするのは不安だと判断したアンジェリカが許可を得て同室している次第だ。
リリスはルーミアのガントレットを頬に当て、懐かしむように目を閉じ、ようやく口を開いた。
「ルーミアさんはガントレットに頬擦りして、恍惚の表情を浮かべる変態さんでした」
「どうした。急に罵倒か?」
「罵倒ですよ。装備に愛着が湧くのは理解できますが、まるで欲情してるんじゃないかってくらいだらしなく顔を赤らめてました」
「……そうか」
突然のカミングアウトにアンジェリカは反応に困ったように声を詰まらせた。
黙りこくるリリスから会話を誘発して、少しでも溜め込ませないようにしたいと考えていたが、思わぬ話題が展開され、かのアンジェリカといえども一瞬たじろぐこととなった。
とはいえ、物が絡む思い出は想起しやすい。特に印象に残るエピソードがあるのなら尚更だろう。それが……形見ともなればさらに尚更。
「リリスさえよければ……ルーミアのことを教えてくれ」
「はい。今夜は寝かしませんよ」
「そういうのは…………いや、なんでもない。心得た」
「……じゃあ、ルーミアさんと初めて出会った時のことをお話ししますね。ルーミアさん、その時はまだ普通の白魔導師だったんですよ」
リリスがくすりと笑って冗談交じりに告げる。それを言うべき相手は他にいるだろうの喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んで、アンジェリカはリリスの口からポツポツと語られていく思い出話に耳を傾けるのだった。
◇
たくさんの思い出を吐き出して、噛みしめて、笑ったり泣いたりを繰り返したリリスは、少し寂しそうだった。
思い出を語るうえで、その記憶は鮮明と蘇る。だからこそ、記憶で輝いていた彼女が、今隣にいない現実がリリスに重くのしかかる。
「アンジェリカさんは……親しい人が亡くなった経験はありますか?」
「あるな。リリスもギルドに携わっていると人の死にはそれなりに近かっただろう」
「そう、ですね」
リリスも冒険者ギルドの職員として働いているのだから、冒険者の訃報は嫌でも耳にしてきた。冒険者は命がけだ。朝には元気に会話を交わした相手が、夜には帰らぬ人になっていることもざらにある。
だが、今回の件は似て非なる話だ。
もちろん、誰が悪いかという話になれば、一番悪いのはすべての元凶であるアレンだ。
ルーミアを支配するための計画を企て、その一環でリリスは利用される形となった。巻き込まれただけのリリスは何も悪くない。
しかし、リリスはそうは思っていないだろう。
「私が……私がルーミアさんに致命傷を……っ」
アレンがリリスに施した仕掛けが作動し、リリスは自らの意志とは反する行動を余儀なくされた。その洗脳に抵抗はしたが、抗うことはできなかった。薄ぼんやりとした意識の中、ルーミアを背後から襲った。その時の、人を刺したという感触が、リリスの手には残っていた。
「ルーミアさん、そんな時でも私を信じてるって……言ってくれたんです。でも……私はその信頼に応えることができたのか分かりません」
「……できたはずさ」
「そうでしょうか?」
「ああ。リリスはルーミアのために動ける。じゃなければ、攫われた時にあそこまで機転は利かないだろう。控室のアレは、ぜんぶルーミアに託すためのものだったのだろう?」
アンジェリカは二人の信頼の強さを分かっている。
だからこそ、リリスはルーミアの信頼にしかと応えたのだと断言できる。
「ですが……ルーミアさんは……っ、私を助けるために最後の力を……っ」
「それだけお前を助けたかったんだろう。それだけリリスが、ルーミアにとって大切だったということだ」
「ううっ……だったら、なんで……ぇ……?」
『なんで私を置いていくの』という悲痛な叫びが嗚咽と共に零れた。
大切なら。告白するほどに想っているなら。どうして一緒に生きる選択肢を諦めてしまったのか。諦めるのならどうして一緒に連れていってくれなかったのか。
リリスの心を渦巻く想いがまたしても溢れ出た。
「分かってます。一人でも多く助かるならああするしかなかったって今なら分かります。ルーミアさんは限界、私もそれなりに負傷していて思うように動けない。だから、ルーミアさんが私にすべてを与えた。私がすべてを奪ったんです」
「リリス、それは違う。ルーミアはそんなことを思ってお前を助けたわけじゃない。不必要に自分を責めるのはルーミアへの冒涜だ」
「……すみません」
結局のところ、一番の悪はアレンだ。
計画も準備も用意周到。ルーミアが万全ではない消耗したタイミングで仕掛ける狡猾さ。ルーミアを抑えるために用いた策もすべてが機能していた。
そんな逆境の中、ルーミアは守るべき者をしっかりと守り切った。アレンを倒して、リリスを救った。
すべてはルーミアの意思のもと行われたことだ。
アンジェリカは自分の為すべきことをきちんと成し遂げたルーミアを心から尊敬していた。たとえ、自分を犠牲にするという決して褒められない方法であったとしても、最善の結果を掴むために最後まであがいたのだから、それを褒めこそすれ、責めるなんてことはしない。
「アンジェリカさんは、悲しいと思ってくれますか?」
「……ああ、当然だ。よくできた後輩……いや、妹のように思っていたさ」
「そうですか。ルーミアさんもアンジェリカさんには懐いていたので……」
リリスの髪飾りを見ただけでなんとなくすべてを察したアンジェリカだったが、リリスほどではないが悲しいと思っている。
やはり、親しい者を失うというのは心にくるだろう。
アンジェリカもまた、リリスと同様に後悔を抱えている。
ルーミアと共に行動をしていれば。魔力の有無など気にせず行動できていたら。それこそ、王都に招くようなことをしなければ。
自らの行動一つで未来は変わっていたのかもしれないと、アンジェリカもやりきれない思いを抱えている。
「ありきたりなことを言うが、私達が忘れさえしなければ、あいつは心の中で生き続ける。だから……覚えていよう」
「ふふ、あんな強烈な人、忘れる方が難しいですよ」
「……それもそうか」
アンジェリカなりの慰めにリリスはくすっと笑みをこぼした。
リリスの返事に妙に納得してしまったアンジェリカも、短いながら彼女と過ごした日や、本日の激戦の熱を忘れずにいようと誓うのだった。
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