第130話 朝の戯れ
その後、デートを楽しみ尽くし、一夜明かした翌日。
目を覚ましたリリスはグッと伸びをしながら、隣のベッドですやすやと寝息を立てるルーミアに視線を向けた。
(何もしてきませんでしたね……)
すっかり気を抜いて眠りについたリリスだったが、意外にもルーミアからの手出しは何もなかった。夜這いに訪れる、目を覚ましたら布団の中に潜り込んでいる、などなど考えられるケースはいくつかあるが、そういった素振りは一切見せなかった。
(それに……何でも言う事を聞くのも保留にされたままです。ルーミアさんのことなので昨日の夜にでも権限を行使するものかと思っていましたが……ちょっと不気味ですね)
リリスはルーミアに一つ借りがある状態だ。
それはすぐに消化されると思っていたが、ルーミアはまだ使わずに取っている。それが少し怖いところではあるが、いつ行使されるか分からない要求に身構えていても仕方がない。
リリスができることは一つ。
ルーミアが変な事を言い出さないように祈る事だけだ。
(ルーミアさんのことなので一緒に依頼を受けたいから早くAランクに上がって……なんて事言い出すかもしれませんね)
リリスはルーミアの言いそうな事に予想を立て、困ったように笑った。
彼女のわがままで作ることになってしまった冒険者証を眺めて、そんな展開になってしまったらどうしようかと考えるリリスは少しだけ楽しそうにも見える。
「んっ……」
ルーミアの寝顔を眺めてしばらくそんな風に考えていると、彼女が声を発し、モゾモゾと寝返りを打ちリリスの方を向いた。
眠たそうに目を擦りながらしばしの間リリスと見つめ合うルーミアだったが、にへらっと相好を崩すと嬉しそうに朝の挨拶を口にした。
「おはようございますっ」
「はい、おはようございます」
「リリスさんは相変わらず早起きですねぇ」
「まぁ、癖みたいなものです……といっても私もついさっき起きたばかりですが」
「……っ! 次は負けません……!」
「起きる時間で勝負しないでほしいのですが……」
「だって、先に起きた方が寝顔を拝めるんですよ? そっちの方がお得じゃないですか?」
「……それは否定しません」
まさに先に起きていたリリスはルーミアの寝顔を拝んでいた。
あどけなくて、いじらしい。普段とは一味違う表情を見ることができるのは文字通りの意味で寝ている時だけだ。
そういった眼福を味わうといった意味合いでは、ルーミアの言う事にも一理ある納得してしまったリリスは言いくるめられたことをやや悔しそうにして呟く。
しかし、早起きの特権の有用性を身を持って知っているからこそ言い返すことができなかった。
「次こそはリリスさんより早く起きて、かわいい寝顔を拝んで見せます!」
「……寝顔を拝むだけで済むんですか?」
「もちろん、布団に潜り込むまでがセットです!」
「なーにがもちろんですか。ドヤ顔で無い胸張らないでください」
「あーっ! リリスさんが言ってはいけない事を言いましたっ! 酷いです! 謝ってください!」
「はいはい、すみませんでした」
えっへん、と胸を張るルーミアにリリスは禁句を放り込む。
ルーミアの胸部について弄るのはタブー。かつてはあのアンジェリカでさえも激しい怒りを買い、暴力の雨が降り出す寸前だった。
リリスだからこそこの程度で済んでいるが、親しくない者から言われようものならルーミアの回路は一瞬で戦闘モードに切り替わり、殴る蹴るの暴行が勃発するだろう。
しかし、それは親しくない者ならばの話。
禁句に対して大袈裟に反応しているが、リリスからみてもそれは子供の癇癪のようなものだ。もうそれには慣れているリリスは軽く受け流して適当に謝罪をする。
「むぅ……心がこもってませんね。誠に遺憾です。リリスさん、一度揉んでるからちょっとはあるって知ってるのに……」
「ああ、あの時ですか……びっくりしすぎて全然覚えてません」
「そういえば気絶しましたっけ? じゃあ……もう一回触って確かめてみます?」
「何バカなこと言ってるんですか。女の子なんだから恥じらいなさい」
確かにリリスは一度ルーミアの胸を触っている。だが、その浴場での一件はあまり印象に残っていない。気絶するほどの驚きでその胸が本当にあったのか、わずかでも柔らかさを感じたのか、リリスは何一つ覚えていなかった。
覚えていないものは仕方ない。
だが、その代替案として、今この場で触らせて確かめてもらうというのは如何なものか。
いつぞやの馬車での事のように恥じらいの欠如が著しいルーミアを咎め、リリスは呆れたようにため息を吐いた。
「まあいいです。とにかく……次は負けませんから」
「次……? ああ、早起きの話ですか」
リリスの何気ない一言でルーミアの胸部についての話に移ったが、その直前までの話題はいかにして相手より早く起きてその寝顔を拝むかというものだった。
「別に張り切ってもらう分には構いませんが……ルーミアさん、私より早く起きれた試しないじゃないですか」
「うっ、それは……確かにそうですけど」
「いつもぐっすりですもんね。今日も私の方が先でしたし」
「ぬぬぬ……ですが私にはリリスさんに起こしてもらうという奥の手があります」
「………はい?」
「私を起こしてください」
ルーミアがリリスより先に起きるための奥の手。それを語られたリリスは意味が分からず、ルーミアがおかしくなってしまったのではないかと心配になった。
「え、あの……何ですか?」
「熱は……ないですね。ということは……んー、おかしいのは元々でしたか」
「そんな深刻そうな表情で私を見ないでください。あと、普通に失礼ですよ」
リリスは立ち上がり、ルーミアが身体を起こすベッドへと近付き、ぺたぺたとルーミアの顔を触る。額に手を押し当てるも熱はない。
しばし首を傾げ、ルーミアが変なのは元からだったかと一人納得し、やや悲しそうに目を伏せた。
「言ってる意味分かってますか? 私に起こされたら私より早く起きるの不可能なんですよ?」
「……確かに!」
「確かに! じゃないんですよ。何ですかそのガバガバな奥の手は……!」
「えー、じゃあリリスさんが先に起きて、私を起こしたらもう一度寝てください。これで私が勝てます」
「勝てません。それはもう負けてるんです。もう……バカなこと言ってないでルーミアさんは大人しく私に寝顔を拝まれていればいいんです」
意味が分からないと一喝されたルーミアはしゅんと肩を窄める。この様子ではルーミアがリリスより先に起きれる朝を迎えるのは遠い日の出来事になりそうだ。
だから、しばらくはその特権を我がものに。
ルーミアの寝顔を拝む時間を死守しようと、密かに決め込んだリリスだった。
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