第131話 デートが優先

 ルーミアが朝から喚く騒がしい朝を迎えたが、いつまでもそうしてはいられない。

 本日の予定はルーミア達が王都へと訪れた本来の目的である大会へのエントリー。急がなければ締め切られてしまうという訳ではないが、予定が押せば押すほど、ルーミアがリリスと楽しく過ごす時間――所謂デートの時間がどんどん短くなっていってしまう。それはルーミアの本意ではない。


「ほら、早く着替えてください」


「着替えなら一瞬です」


「一瞬なのは脱ぐ方だけでしょうが! もうっ、早く服着てください」


「ちょっと待ってください……着ました!」


「髪が乱れてますね。整えるのでちょっとこっちに来てください」


「えへー、お願いします」


 甲斐甲斐しく世話に焼くリリスとそれに甘えるルーミア。リリスは寝癖のついたルーミアの髪を櫛で整えながら、手のかかる大きな子供だなぁと若干呆れ返っていた。


「寝癖は……これで大丈夫そうですね。準備はできましたか?」


「リリスさん、リリスさん。お腹が空きました」


「……一応聞きますが我慢は?」


「できません!」


「……そうですか。そうですよね、知ってました。仕方ないのでどこかで買い食いでもしてください。いいですか、買い食いですよ? 拾い食いじゃないですからね」


 朝ごはんを食べるには微妙な時間。用を済ませてからゆっくり食事を取りたいと考えていたリリスだったが、ルーミアのお腹はもう待てないと言っている。


 幸いにも王都の朝は早く、食べ物を扱う出店などももう開いている頃合いだ。そういったところでサッと食事を済ませることは可能。我慢の効かないルーミアにはうってつけではあるが、リリスは「拾い食いはめっ、ですよ」と子供を窘めるように口にした。


「何ですか拾い食いって。私がそんな事すると思ってるんですか?」


「割と思ってます」


「即答ですか。リリスさんの頭の中の私は相当奇人なんですねぇ……」


「目の前の本物も負けず劣らずなので安心してください」


「……何も安心できません」


 ルーミアに対するリリスからの悪い方向への信頼はそれなりに厚い。本来ならするはずない、選択肢から切り離していいものですら可能性が残る。


 さすがのルーミアも「拾い食いなんてしませんっ」と心外な様子で頬を膨らませている。それに対してリリスは内心「どうだか……」と疑念を抱いていた。


「さっ、行きましょう。サクッとエントリー済ませて、残りの時間はデートです!」


「はいはい、分かりましたから。そんなに慌てなくてもデートは逃げませんよ」


「デートは逃げませんが、デートの時間は減ってしまいます。それは困りますっ!」


「……そうですね」


 リリスは「どの口が……」「誰のおかげで遅れてると思って……」と毒を吐きそうになったが喉から出かかったところで何とか飲み込んだ。辛辣な反応を示してまたルーミアが騒ぎ出すようなことがあれば、それこそ時間が無くなってしまう。表立って口には出さないが、リリスもルーミアとの時間を大切にしたいと思っている。だからこそ思った事でもあえて口にしない。


 大人な対応を心がけるリリスの心情に、ルーミアは気付かない。

 だが、それで楽しい時間が守られて、より長いものにできるのなら是非もなかった。


 ◇


「リリスさんはエントリーしなくてよかったんですか?」


「……いや、私が参加したところでどうにもならないと思いますが」


 大会のエントリーは冒険者ギルドで行われる。

 といってもそれほど難しい手続きなどはなく、必要事項を記入した紙を提出するだけ。そのため、魔法を使える者ならば誰でも参加できる仕様になっている。


 ルーミアはリリスに参加する気はないのかと尋ねる。

 リリスは「またなんか言い出したよ」といった様子でルーミアを半目で見つめ、ため息を吐いた。ルーミアはしきりにリリスを戦いの場に引き摺り出そうとしたがる。それが不思議でならないリリスは、ルーミアの問いに首を横に振った。


「そもそも私魔法なんて使えません。魔法も使えないのに参加して何になるっていうんですか?」


「アンジェさんに教えてもらえばすぐに使えるようになるはずです……! リリスさん、なんだかんだ魔力の使い方は上手かったので、出ようと思えば今からでも何とかなると思いますよ……!」


「へー……ふーん。まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいですが……。今からアンジェリカさんに教わるとなると……デートの時間はないかもしれませんね」


「っ! リリスさんの大会参加は私が認めません。全力で阻止してみせます……っ!」


「手の平くるっくるですね」


 魔剣の力を引き出す際に魔力を扱うことになるのだが、その点リリスはよくできていただろう。そのことを引き合いに出して今からの特訓でも十分に間に合うだろうとリリスを説得しようとするルーミアだったが思わぬ反撃を受ける。


 アンジェリカに教えを乞うことで魔法の基礎は身に付けられるかもしれない。だが、それはほんの短時間でマスターできるようなものではないだろう。

 ルーミアの言うように今から教わればギリギリ間に合うかもしれない。だが、それには時間が必要だ。

 つまりリリスがアンジェリカに教わる間、ルーミアと二人きりで過ごす時間は無くなってしまうということだ。


 参加に乗り気ではないが、ルーミアがそこまで言うのなら仕方ない。でもその代わりデートは無しですね、とリリスが考える素振りを見せた途端、ルーミアの手の平は超高速で回転した。


 綺麗なまでの意見の反転にリリスは呆れる。

 だが、それでいい。そうでなければ参加の方向で押し切られてしまうため、リリスは密かに安堵の息を漏らした。


(うーん、ちょろい)


 ルーミアがリリスとのデートを楽しみにしている心理を逆手に取り、上手いこと思考を誘導できた事にリリスは内心ニヤニヤしていた。ルーミアへの適応と手懐けはお手の物と自負しているだけあり、よく彼女の事を理解している。


 だが、ここでちょっとした悪戯心が芽生えたリリスはやや棒読みで思ってもないことを声に出した。


「えー、せっかくルーミアさんが言うなら頑張ってみようかなって思ったんですけどねー。あ、そうだ。私が魔法を覚えたら冒険者ランクをあげて、またルーミアさんと一緒に依頼とかやれるかもしれないですよ?」


「ぐ……ぬぅ、それは魅力的……でもぉ。デートが。デートが無くなる……。アンジェさんに取られる……ぅぅぅ」


 ルーミアの頭の中に激しい葛藤が駆け巡る。

 リリスが魔法を習得する事で後々楽しい出来事が起こるかもしれない。だが、そのために目先のデートが潰れるのは看過できない。

 今この瞬間か、それとも未来への投資か。ルーミアは頭と目をぐるぐると回して唸っている。


「んぬぬぬぬっ……ダメです。デートが優先です。リリスさんを大会に出す訳にはいきません……っ。どうしても出るというのなら私を倒してからにしてください……!」


「……ルーミアさんを倒すとか無理ですって。さ、バカなこと言ってないでデートにいきますよ。時間は有限なんです」


 葛藤の末、リリスの壁として立ちはだかる事を決意したルーミア。あまりにも壮大な覚悟を決め込んだ様子にリリスは若干呆れ返るも、すぐにムリムリと手を振った。

 リリスはルーミアと戦う気もなければ、アンジェリカに魔法を教わる気もない。気持ちは元から一つ。早くデートをしたいというルーミアのものと一致していた。


「よかったです……! 懸命な判断でした。これでリリスさんと戦わなくて済みます……!」


「大袈裟ですって。ちょ、そんな動き回ると、他の人にぶつかる……あー」


 ルーミアが喜びの舞を見せるがここはまだ冒険者ギルドの中。行き交う冒険者達のど真ん中で前も見ずに動くルーミアは迷惑極まりない。そんなルーミアをたしなめようとしたリリスだったが一足遅く、ちょうど後ろを通りかかった男性冒険者にぶつかってしまう。


 そんなルーミアを言わんこっちゃないとジトーっと見つめる。絡まれでもしたら面倒だなと考えながら相手の反応を伺っているとリリスから見える男の顔はやや不機嫌そうだったが、それも少しの間だけだった。


「……気を付けろ」


「おや……その声……」


 一言だけ苦言を呈して去ろうとした男性だったが、その声に聞き覚えのあるルーミアは振り返らずに口を開いた。

 それは――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る