第129話 白猫の機嫌取り
(しまった……やりすぎてしまいましたね)
リリスは冷や汗をたらりと一筋落とし、いかにも不機嫌ですと言わんばかりに髪の毛を逆立てるルーミアを横目で眺める。
それもそのはず。散々彼女の乙女な純情を弄び、期待させ、その上でお預けを食らわせたのだ。普段から何かとルーミアに弄られているリリスではあるが、その培った経験を全力で費やして反撃を行ったのだ。
意図せず間接キスで揺らいだ牙城を容赦なく責め立てて――堕とす。いわば剥き出しの心に放たれたといっても過言ではないリリスの甘言は、ルーミアの身体を、頭を、脳を、毒のように素早く回り痺れさせた。
そんな悶々とした気持ちのままお預けを受け、昂った身体を震えさせるルーミアは荒い息を何とか沈めさせて、「むぅ」と頬を膨らませる。
リリスとは一切目を合わせない。それでも歩幅は変えないあたり、彼女の隣を歩くことが身体に沁みついているのだが、今ルーミアができる精一杯の抵抗で不機嫌を表している。
「あのー、ルーミアさん?」
「…………」
「聞こえてますかー?」
「…………」
リリスの呼びかけにも反応を示さない。それどころか声をかけられるたびにそっぽを向く始末だ。
これにはさすがのリリスもやってしまった感が拭えず、どうしたものかと頭を悩ませる。
拗ねたルーミアの反応は正直かわいいとさえ思っている。
普段の騒がしい様子を思えば大人しくて借りてきた猫のようにも感じられる。
だが、今リリスはルーミアとデートをしているのだ。デート相手が機嫌を損ねてだんまりを貫いている状況は、デートとしては失敗もいいところ。何とかして機嫌を取り戻さなければ、本来楽しいを共有できていたはずの時間も無駄に過ぎていってしまう。
とはいえ、むやみやたらに話しかけたところで返ってくるのは無反応だ。それどころか、かける言葉を間違えたら予期せぬ悪化を辿ってしまうかもしれない。
(困りましたね……。唯一の救いはまだこの手を振りほどかれていない事でしょうか……?)
不機嫌極まりないルーミアだが、それでもまだリリスに心を許している。
それを証明するのが繋がれたままの手だ。ギュッと握ったり、逆に離そうとしたりするとぴくっと僅かに反応を見せる。
「ルーミアさん、私が悪かったですからそろそろ機嫌を直してくれませんか?」
「…………」
「せっかくのデートなのに口も聞いてもらえないなんて寂しいです……」
自分で蒔いた種だが、リリスはいかにも寂しそうな声色でルーミアに囁く。
ルーミアは僅かに反応を示し、絡まる指に力が籠る。
ここが押し時だと判断したリリスは、少しリスクもあるが絶大な効果を発揮するだろう切り札をここで使用した。
「一つだけ何でも言う事聞いてあげますから……どうか機嫌を直してください」
「……何でもですか?」
これまで口を頑なに開かなかったルーミアがボソリと声を出した。その事に安堵する反面、危険な橋を渡ることになったリリスは内心ヒヤヒヤしていた。
これでルーミアの機嫌が戻るのならお易い御用と捉えるべきか、それとも高くついてしまったと捉えるべきか。結局のところルーミアが何を願うかに委ねられてしまったという訳だ。
「何でもです。二言はありません」
「……えっちな事でもですか?」
「……それは勘弁願いたいですが、ルーミアさんが望むのなら致し方ありません」
もちろん、その可能性は考慮していた。
いつ何時ルーミアが色欲の化身となり、破廉恥な事を仕出かすか分かったものじゃない。
最悪の場合、『身体を差し出せ』なんて要求が飛んでくることもリリスは覚悟していた。
そうでなければいくらルーミアの機嫌を直すためとはいえ、何でも言う事を聞くという交換条件を突き付ける事などできないだろう。
「……分かりました。そこまで言うのならもう拗ねるのはやめます」
「ありがとうございます。これでこれからの時間を楽しく過ごせそうです」
代償は大きかったかもしれないが、何とかルーミアが口を聞いてくれるようになり、リリスはホッと胸を撫で下ろした。
正直なところ、どんな要求をされるか次第では今日のデートを犠牲にした方がマシと思える展開もあるかもしれないが、先の事は分からない。ルーミアの良心を信じる事しかできないリリスはようやく目を合わせてくれるようになった彼女の瞳を見つめた。
「ところで……私はどんな辱めを受ければいいのでしょう?」
「……そういう方向で考えた方がいいんですか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
「とりあえず保留にしておきます。いざと言う時のために取っておきますので、忘れないでくださいね」
「そうですか。いつどんな命令をされるか分からないのが怖いところですが……仕方ありませんね」
どのタイミングで、どのような要求をされるか定かではないのがリリスにとって恐ろしいと思うところだが、すぐさま仕返しの辱めが与えられない事を喜ぶのが先決か。
「さ、早くデートの続きをしましょう」
「……まったく、本当に猫みたいな人ですね」
先程までの仏頂面はもう見る影もない。
猫のようなマイペースさで笑顔を見せるルーミアに、リリスは呆れるように苦笑いを浮かべ、また手を引かれて歩き出すのだった。
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