第128話 反撃のリリス
意図せぬ間接キスを挟んでからしばしの間無言の時間が続いた。
何とか気合でアイスが溶けきる前に食べきったルーミアだが、それがリリスとの間接キスだと気付いてしまっている状態なため、食べ進める度にボフッ、ボフッと顔を真っ赤に爆発させ、白い髪をあちこち跳ねさせていた。
その様子をじっくりと楽しむように眺めるリリスの絡みつくような視線があったのも、ルーミアの羞恥を加速させる一因だったかもしれない。
リリスの手を離して物理的に距離を取るという選択肢もある中で、決して彼女の手を手放すことのなかったルーミア。目をグルグルと回し、冷静な思考ができていない状態でも、リリスを一人にしてはいけないと判断できたのは、冒険者ギルドでの一件があったからだろう。
自らを羞恥から解放させることとリリスの安全を天秤にかけ、ルーミアはリリスの傍から離れないことを選んだ。
それは自分で決めた事なのだが、隣から定期的に送られる生暖かい視線にはどうにもむずがゆくなってしまうルーミアは、火照らせた頬を膨らませている。
「リリスさんも意地悪になりましたね……」
「だとしたらそれはルーミアさんの影響でしょう。ふふ、それか日頃の仕返しでもいいかもしれませんね」
「うう、一生の不覚です」
リリスのにやにやした表情が映るたびに顔に熱が灯る。
普段の立場が入れ替わったことでリリスもここぞとばかりに反撃をしている。
だが、あまりやりすぎると拗ねてとんでもないことになるのは目に見えている。
ルーミアのかわいらしい姿はつい虐めたくなってしまうが、ほどほどにしなければとリリスは自身の心の中でどこまでやっていいものかとギリギリの線を探っていた。
(普段は色々と責め立ててくれますが……崩れると案外脆いんですねぇ。本当にかわいいです)
「な、何ですか? またよからぬ事を考えているんですか?」
「いやいや、まさかそんな。ルーミアさんじゃないんだから……」
「それだと私がいつもよからぬことを考えてるみたいに聞こえるのですが……」
「違うんですか?」
「違います!」
繋いだ方の手をぶんぶんと振って抗議の意を唱えるルーミアはふくれっ面でリリスを睨みつける。だが、その表情はまだうっすらと赤みがかっており、潤んだ瞳から繰り出されるかわいらしい威嚇には威厳もへったくれもない。
「そんな顔してもかわいいだけですよ」
「ひゃっ。ひょっと……」
リリスはルーミアが膨らませているほっぺに人差し指をぷすっと押し付ける。
空気が抜ける音が鳴り、ルーミアの柔らかい頬がリリスの指で形を変える。ぷにぷと押したり、つまんで引っ張ったりと彼女の頬で遊びだしたリリスに、ルーミアはされるがままだ。
「むぅ……私はおもちゃじゃないんですよ」
「ルーミアさんがかわいいのでつい……」
「……別に、そんなことありません。私よりリリスさんの方がかわいいです」
普段はルーミアがリリスをいじめる立場にある。
それが逆転している今リリスの言葉に心をくすぐられるのはルーミアの方だ。
かわいいという至って普通の誉め言葉も言われ慣れていないルーミアにとっては特大の攻撃だ。照れに照れを重ねたルーミアは弱々しい反撃しかできず、リリスにいいようにされる。
むしろ、ルーミアの状況を打破しようとしかわいらしい反応を示すことが、リリスの加虐心を刺激する。先程からルーミアが拗ねる一歩手前を狙っていたリリスだったが、徐々にその線引きのことなど忘れつつ、とにかくいじらしい反応を見せるルーミアを楽しんでいる。
「かわいいですねぇ。いや、本当に……」
「まだ言いますか。それ以上言うならその口を塞ぎますよっ」
「それは……ルーミアさんのここで、ですか?」
「え……」
「シャーッ」とかわいいらしい威嚇と共に、次はないと宣言するルーミア。それに対してリリスは一瞬驚いて目を見開いたものの、いたずらに目を細め――頬に触れていた指をツーっと滑らせて、ルーミアの柔らかい唇へと動かした。
冒険者ギルドでの出来事、ルーミアの発言、その仕草を咄嗟に思い出したリリスはその軌跡をなぞる。黙らせるために最も有効なのは、その唇で塞いでしまう事。だからあえて、その唇へと注目を向けた。
もちろん、ルーミアにそのような意図はない。
それでも、今はただでさえリリスを意識してしまっている状況。そんな中、悪戯に微笑むリリスの表情にあてられて、ルーミアの瞳は動揺で激しく揺れた。
「ちっ、違いますっ!」
「あれ、違うんですか? 次に私を黙らせる時は……こうやって塞いでくれるんじゃなかったんですか?」
元々はルーミアが言い出したことだ。
それを思い出させるようにリリスはルーミアの唇に触れ、顎を撫でる。
そして、吐息がかかるくらいに顔を近付けて、ルーミアを挑発する。
ルーミアは目を点にして、リリスの真っ赤な瞳を見つめていた。
妙に据わっている顔付きは捕食者を想起させる。ルーミアはドキドキと鼓動を高鳴らせて、言葉を出せずに唇をパクパクと動かした。
「できないんですか? だったら――そんなできもしない嘘を吐く悪いお口は、私が塞いであげましょう」
リリスは色っぽくルーミアの耳元で囁いた。
甘い言葉にゾクゾクと背筋を震わせたルーミアの目は――もう既にとろけきっていた。
そのままギュッと目を瞑り、無防備に唇を差し出す。
「なんて――冗談ですけどね」
「ふぇ?」
ルーミアはすっかりリリスに意識が向いていて忘れているが、今はデートの最中で、ここは外だ。
ルーミアへのからかいは最大限ギリギリまで行ってきたが、そんな大衆の目に触れる場所でそのような大胆な行為。リリスができるはずもなく、キス待ち顔のルーミアを拝んだところで引き下がる。
それに対してルーミアは心底驚いたような表情でリリスを見つめる。散々焦らされた挙句お預けを食らうだなんて思ってもいないルーミアは物足りないといった様子で、今にも涙が零れ落ちそうな顔でリリスを見上げた。
「あれ? もしかして――――期待、しちゃいました?」
「……っ! っっっ!」
リリスは意地悪な笑みを浮かべて、トドメの一言を放つ。
かつてルーミアに言われて心をかき乱されたその一言をそっくりそのままお返ししたリリスは勝ち誇ったような表情を浮かべる。
それを受けたルーミアは顔を真っ赤に染めて声にならない声を上げる。そして、ぽかぽかとリリスの胸元を叩いた後――盛大に拗ねた。
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