第127話 王都デート
混み始めたギルドを出て、ルーミアとリリスは王都の街並みを眺めながらゆったりと歩く。
(……こうして手を繋ぐのにも慣れてきました。不思議な気持ちです)
もはや当たり前のように結び付き、絡み合う指にリリスはもう何の疑問も持たない。むしろこうあるのが普通とさえ思ってしまうほどに、その温もりを自然に感じていた。
ほんの少し、ギュッと握る手に力を込めると、同じような力加減で握り返される。そんな風に互いの手の確かな繋がりを感じながら、リリスは心が温まり、表情が必要以上に綻びそうになるのをこらえていた。
「ルーミアさんはどこか行きたい所、ないんですか?」
「んー、私はこうしてリリスさんと一緒に見て回るだけで楽しいですよ」
「……っ、またそうやって恥ずかしげもなく」
「事実ですからね。どこに行くかよりも誰と行くかが重要ってことです」
「……それは否定しません。私もルーミアさんとのおで……デッ、デートは楽しいですから」
「……そんな顔を真っ赤にして。恥ずかしいならわざわざ口にしなくてもいいですよ。ちゃんと分かってますから」
リリスはルーミアの言葉がスッと胸の中に入っていくのを感じた。
観光というからにはどこへ行くかももちろん重要ではあるが、ルーミアの言うように誰と行くか。その時間を誰と過ごすか。それこそが重要であると確かに思わされたリリスは、自身の正直な気持ちをルーミアに伝えた。
わざわざお出かけと言いかけたのをデートと言い直して、耳まで赤く染めるかわいらしい姿にルーミアはくすりと微笑む。
言葉にしなくても彼女の仕草や表情などからそれは伝わっている。
ルーミアは恥ずかしそうにプイッと顔を逸らすリリスをにやにやと見つめている。
「もっとそのかわいいお顔を見せてください」
「……今はダメです」
「ダメなのがダメです」
拒否の拒否。
ルーミアはリリスの顔を見るために手を繋いだまま半歩正面に回り込む。それに合わせてリリスも逃げるように回る。道端で手を繋ぐ少女達がくるくると回る不思議な光景が映し出されるが、それを咎める者はいない。
「もうっ……こんな事してたら日が暮れてしまいます。もったいないですよ」
「それもそうですか。まぁ、リリスさんの赤面チャンスはまだまだあるはずなので、じっくりと狙っていくとします」
「……悪魔がいます」
せっかくのデートの時間を奇妙なダンスで費やしてしまうのはもったいない。
だが、完全に無駄とは思わず、この時間さえも愛おしいと。そう思う二人は目を見合わせて笑った。
◇
「リリスさん、出店がいっぱいあります! いいにおいがします!」
「王都だとこういう屋台形式のお店が並んでる通りが多いみたいですね。冒険者の数も多いですし、需要があるんでしょうね」
「あ、私あれ食べたいです! ちょっと買ってきます!」
「あっ、ちょっと……引っ張らないでください」
仲良く会話に花を咲かせながら歩いていると、出店の並ぶ通りが見えてきた。
ルーミアは鼻をすんすんと鳴らし、その漂ってくる食欲をそそる香りに目を輝かせる。
そして、何か気になるものを見つけたルーミアは駆けだした。少し離れるかのような言い方をしながらリリスの手に絡めた指が解けることはない。リリスを引きずるように出店へと赴き目当ての商品を購入したルーミアは満面の笑みを浮かべる。
「んふー、おいしいです」
「アイスクリームですか。屋台だというのに凝ったものを出しているんですね」
「氷属性の魔法とかアイスを冷やしたままにする魔道具があれば外でも販売できるんですねぇ。あ、一口食べますか?」
「じゃあ、いただきます…………あっ」
ルーミアが購入したのはアイスクリーム。
販売の手間や管理などの事を考えると外で売るのには向いていないように思えるが、冷やして温度を保つ手段さえあれば問題ない。
そんなアイスをちびちびと舐め、その甘さにうっとりとした表情を浮かべるルーミアだったが、その味わいを共有したいと思い、何気なく提案しアイスを持つ手をリリスの口元へと差し出した。
リリスもちょうどそのような甘いものを欲していたタイミングだったので、ルーミアの好意を受け取ろうと返事をして――遅れてふと気付く。
(あれ……? これってもしや間接……?)
差し出されたアイスに口を付けようとして、リリスは固まった。
その事実を意識した途端に顔が燃えるように熱くなり、先端がとろりと溶け始めているアイスと、きょとんとした顔のルーミアを交互に見る。
(うぅ、この顔……わざと? いえ、分かりません)
この提案がリリスを辱める事を目的に行われた狡猾な罠ならば、きっとルーミアはにやにやと意地の悪い表情を浮かべているはずだ。
だが、ルーミアは差し出したアイスが溶けて落ちてしまいそうになるを慌てて、一向に口を付けないリリスを不思議そうに見つめている。
いっそ罠であった方がまだよかった。
意識してしまっているのが自分だけというのにリリスは余計に羞恥を掻き立てられる。
だが、せっかくの好意だ。受け取ると決めて返事までしてしまっているのにそれを撤回するのもおかしいだろう。
リリスは意を決して、ギュッと目を瞑り、アイスに口を付けた。
火照る頬にひんやりと冷たさが広がっていく。
だが、その冷却を上書きするように熱が蘇る。
それが間接キスなのだと意識しないように努めれば努めるほどに、どんどん熱を帯びていく。
(恥ずかしくて味が分かりません)
「どうですか? おいしいですか?」
「……はい、とても。ありがとうございます」
一瞬、ほんのりとした甘さを感じたが、その味はよく分からなかった。
だが、ルーミアに感想を聞かれたリリスは、少し迷い肯定的な感想を口にした。
それを聞いたルーミアは嬉しそうにし、再度自分の口へと運んだ。
リリスが口を付けた部分に躊躇なく口を付け、おいしそうに顔を綻ばせる。
その様子を見ているとやはり意識しているのは自分だけなのかと、恥ずかしさの中に僅かながらの悔しさのような気持ちが生まれたリリスは、ジトーっと半目でアイスを頬張るルーミアを見つめる。
「な、何ですか?」
「いえ、なにもー?」
「じゃあ、何でそんな顔で見るんですか? あ、おいしかったからもう一口欲しいん……一口、リリスさんの口……? ……っ!!」
リリスの視線に気付いたルーミアだが、なぜそのような瞳を向けられているのかまでは分からなかった。
リリスに訳を聞いたところで、彼女が正直に「意識しているのが自分だけで恥ずかしい」、「意識されなくて悔しい」と口にするわけもなく、案の定ツンとした反応を示す。
それをもう一口欲しいという意志表示だと判断したルーミアは仕方ないといった様子で再びアイスを差し出そうとするが、自らが発した一口という単語からすべてを理解して――リリスに負けず劣らずの赤面を見せる。
「うう、リリスさんは分かっていたからあんな表情をしていたんですか……」
遅れて押し寄せる羞恥に顔を抑えたいルーミアだったが、片手はリリスと繋がれ、もう片手にはアイスを手にしているため隠すことができない。
せめてもといった様子で顔を背ける姿は、デートの序盤で顔を朱に染めていたリリスとそっくりだった。
「えっと……もっとそのかわいいお顔を見せてください、でしたっけ?」
「……今はダメです。こっち見ないでください」
「ふふ、お断りします」
リリスは少し前にルーミアから言われた事を記憶から引っ張り出して、そのまま彼女へと返す。
両手が塞がり顔を隠す事ができないルーミアは当然拒否をするが、リリスも先程自身がやられたように拒否で返す。
耳まで真っ赤に染めて悶えるルーミアの慌てふためく姿にきゅんと胸を高鳴らせて、微笑みを見せる。
(意外と
意外にも赤面を拝むチャンスが巡ってきたのはリリスの方だった。
狙ってやっていたならいざ知らず、完全に想定外の出来事にルーミアはとにかく取り乱している。
普段はルーミアに主導権を握られっぱなしのリリスだが、珍しく主導権を譲ってくれたルーミアにひっそり心の中で感謝し、彼女のレアな姿を思う存分堪能するのだった。
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