第126話 ご褒美

 ルーミアがナンパ撃退に一役買った事で、好奇の視線に晒されることはあれど、無意味な接触は抑えることができた。

 そのおかげもあり、リリスは手際よく一通りの仕事を終える事ができた。見事周囲の冒険者達を牽制する役割を果たしてくれたルーミアに労りの声をかける。


「ふぅ……とりあえずこれでやるべき事はやったと思います。ルーミアさんのおかげで集中できました。ありがとうございます」


「……私の不名誉なあだ名が広まることで役に立てたのなら尊い犠牲として受け入れましょう」


「そんな気にしなくても……。どうせ遅かれ早かれですよ。周りの反応も名が知られてないというよりは顔が知られてないといった感じでしたし」


 リリスが周囲の反応から読み取ったのは、ルーミアが無名ではなく、ただ単に人物像が知られていないといったものだ。

『白い悪魔』と耳にしたことがある者でも、何が白いのかを知らなければ、ルーミアを見た時にそのあだ名と結びつける事はできないだろう。同様に『暴力姫』からはっきり読み取れる情報も、その名の持ち主が性別女性であるという事だけ。


 噂としてひとり歩きしていたその二つ名にこの一件でルーミアの人物像が追加された。

 それだけで効果は絶大。

 幸か不幸か、ルーミアに向けられる反応は得てしていつも通りのものへと変化した。


「聞く度にいつも思いますが、この大天使ルーミアちゃんを悪魔呼ばわりとは……本当に度し難いです」


「ルーミアさんが天使ですか? それは面白い寝言ですね。まだお昼前ですが、もしや絶賛お昼寝中ですか?」


「……リリスさんがとても意地悪です。ルーミアちゃんは悲しくて泣いてしまいそうです」


「嘘泣きしないでください」


 ルーミアの漏らす不満にリリスは辛辣な反応で切り返す。それに対してルーミアは手を目の下に当て泣くふりをするが、すぐに嘘泣きと看過され、呆れたように笑われてしまう。


「うぅ、とても不服です。傷付いた心を癒すために私はご褒美を要求します」


「えー、却下」


「リリスさんが却下するのを却下します」


「……何が欲しいんですか?」


 ルーミアが意見を押し通すのはお手の物。そして、何だかんだルーミアには甘いリリスは、最終的にはルーミアの要求を受け入れることになる。

 リリスもその自覚があるため、この問答は無駄であると悟り、ルーミアに求めるものは何かと尋ねる。

 そこで初めてルーミアはご褒美の内容を考え始めた。


「うーん……楽しかったのでもう一度リリスさんを依頼で連れ回すのもいいですが……わざわざ王都まで来てやる事ではないんですよねぇ」


「意外ですね。ルーミアさんのことなので真っ先にそれを要求するものかと思いました」


「……嫌ですよ。またリリスさんに倒れられたりしたら一緒に過ごせる時間が減ってしまいます……」


「ルーミアさん……っ」


 それだけは嫌です、と表情をくしゃりと歪めたルーミアに、不覚にもリリスはときめいてしまった。

 考えてみればそうだ。昨日のリリスは戦闘で力を使い果たして半日以上眠ってしまった。長々と休んでしまっている時間で、本来ならルーミアとの思い出をいくつか作れたかもしれないと思うと途端にもったいない事をしたような気持ちになる。


 何より、自分と過ごしたいと思うルーミアの気持ちが嬉しくて温かい。

 そう考えた時、先程は否定したがルーミアのかわいらしくいじらしい姿が天使のようにも思えたリリスは人知れず悶えた。


(本当にずるい女です)


「リリスさん、顔が赤いですよ。どうかしましたか?」


「な、なんでもありませんっ! ちょっと暑かっただけなので気にしないでください!」


「ならいいですが……リリスさんのお仕事は終わってしまいましたが、この後はどうするんですか?」


「そうですねぇ……せっかくいい感じの時間に終わってますからね。まだまだ時間もありますし観光と洒落込むのもいいかもしれません」


「ちょうどギルドも混み始めてきましたからね。ここにいる用もないなら……王都デート、行っちゃいますかっ!」


「……デート……っ」


「ご褒美として私はデートを所望します。残念ながらリリスさんに拒否権はありませんので悪しからず……!」


 デートという甘美な響きにリリスはドキリと胸を高鳴らせる。ただのお出かけを魔法の言葉で特別に早変わりさせるルーミアをずるいと思いつつも、今回は否定しない。

 彼女と二人で過ごす時間ならば、どんな時だろうとデートになる可能性を秘めている。結局のところ、デートとなるか否かはリリスの心の持ちようひとつで変わる。


(ふふ、ルーミアさんが言い出した事なので、私がどれだけ抗議しても覆しようがありません。これはルーミアさんへのご褒美です。仕方ないのでデートという事にしてあげましょう)


 本当はもうリリス自身も認めている。デートなんかじゃないと抗議する気は微塵もない。

 それでも、今日という日をデートに変えたのがルーミアの全責任と思えば、いつものようにリリスは受け入れるだけで済む。


 元より拒否などするつもりもない。残念でもない。でもルーミアに知られるのは恥ずかしいから、その気持ちに気付かないふりをする。

 そんな秘めた思いを隠して、リリスは仕方ありませんねぇと、心なしか嬉しそうにぼやくのだった。

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