第22話 ティータイム

 ギルド長ハンスに連れられてギルド長室に入ったルーミアは思わずきょろきょろと部屋を見渡した。

 入って正面には大きめのデスクがあり、その手前には高級そうなソファが二つ対面で置かれている。奥の方には観葉植物の植木鉢がいくつか並べられている。それほど広い部屋ではなく物も多くはないが、ハンスの個性を感じさせる。


「どうしたんだい?」


「いえ……ギルド長のお部屋ともなればもっと広いところかなーと想像してたので……」


「まあ、最低限デスクワークできるだけのスペースがあれば十分なんだからこれでも一人で使うには広い方だよ。このソファも一人で座るには大きすぎるしね」


「確かに……」


「まあ、適当にくつろいでよ。僕は飲み物を入れてくるけど……コーヒーか紅茶だったらどっちがいいかな?」


「えっ、そんな……お構いなく」


「いいのいいの、遠慮しないで。君の時間を貰ってる訳なんだからそのくらいはさせてほしい」


「……では、お言葉に甘えて紅茶をお願いします」


「それでよろしい。座って待っててくれ」


 断り切れず紅茶を頼んだルーミア。ハンスはどこか嬉しそうに奥の扉を開き中へ入った。そこは給湯室のようでしばらくすると中から水を出す音や、カップを用意する音などが聞こえてきた。


 ルーミアは落ち着かない様子でソファの端っこにちょこんと座ってピンと姿勢を正す。くつろいでいいと言われたものの、自分より立場が上の者に茶を入れさせておきながら、自分はふかふかのソファに身体を沈めるなんてこと本当にいいのか、など色々考えて立ち上がったり座ったりと挙動不審な上下運動を繰り返しているとハンスが戻ってきた。


「何をしているのかな……?」


「あっ、その……何でもありません。ちょっと落ち着かなくて……」


「まぁ、そうだよねぇ。とりあえずこれでも飲んで一息ついて。お口に合うといいのだが……」


 ハンスもルーミアの表情が硬いのは分かっていた。言葉で落ち着いて、リラックスしてと言っても目上の人を前にその緊張を解くことは中々できない。これまで交友があるなら別にしても二人は初対面。ハンスの方はルーミアについて何か知っているような反応を見せていたが、ルーミアからすればいきなり話しかけてきた老紳士が実はギルド長という偉い立場の人間だったという展開なのだから、その心は休まることを知らない。


 そんな中差し出されたティーカップ。アツアツの湯気が立ち昇り、ルーミアの鼻先をくすぐった。若干震えた手でカップを持ち口に運ぶ。


「おいしい……」


「それはよかった。この茶葉、僕も好きなんだよねぇ」


 ルーミアに普段紅茶を嗜む趣味はない。それでも口の中に残るさわやかな風味はこの紅茶が素晴らしいものだということを教えてくれる。いい茶葉を使っているだけでなく、この紅茶を入れたハンスの技量をも伺える至高の一杯だった。


「ふぅ……おいしかった」


 ちびちびと少しずつ流し込んでいたはずの紅茶は気が付くと無くなっており、ティーカップは底を映し出している。そのころにはルーミアの心は大分落ち着きを取り戻していた。


「あの……私と話したいことって何でしょうか?」


「ああ、そういえばそうだったね。誰かとお茶の時間を共にするのが久しぶりでつい忘れていたよ。といってもそんな大した話じゃない。君の在り方について興味が湧いた、ただそれだけだよ」


「それって……?」


「冒険者ルーミア。本来後衛から味方に支援魔法を施すのが役割の白魔導師でありながら、仲間を持たず一人で活動をしている。その支援魔法を自分にかけて己の肉体で戦う……面白いじゃないか」


「知ってたんですか?」


「うちのギルドでも君は結構有名人だよ。ソロで活動している白魔導師ってだけで目立つからね」


 目立つ要素はいくらでもある。役職に合わぬ格好も要因の一つだろうし、討伐依頼を難なくこなす姿などもルーミアの知名度上昇に拍車をかけているだろう。それに加えて先日のルーミアが激ギレした事件。ルーミアの存在はかなり知れ渡っている。


「それとね……この前のレオンを返り討ちにした件。その件で君の不正疑惑について取り上げられることがあったから、調査のついでに観察させてもらったよ」


「調査? 観察?」


「僕は千里眼を使うことができてね。君が本当に自分の力で依頼を達成しているのか視させてもらったんだよ」


「千里眼! 視るってそういうことですか……!」


「そうそう。この前のアウルベア討伐も見事だったよ。ただねぇ、君の動きが速すぎて千里眼を調節するのが大変で途中が見れてないんだ……よかったら君の口からどうやって倒したのか教えてくれないかい?」


「は、はい!」


 ルーミアはアウルベアを討伐した時のことを思い出す。

 といっても複雑なことは何もない。ルーミアの戦闘法は至ってシンプル。


「えっと、身体強化ブーストを使って、適当に殴って蹴って、動きが鈍くなってきたところで付与エンチャントアイスを纏わせたブーツで腕周りを凍らせて……って感じですね、はい」


「なるほど、白魔導師の力で属性付与ができるから魔鉱石で魔法親和性の高めた装備をしているのか」


「見ただけで分かるんですね」


「まあ、これでも君より長生きしてるからね。その分知識も多いのさ」


 ハンスはルーミアの解説を受けて素晴らしいと手を打った。

 送られる拍手に照れた様子でルーミアは少しはにかむ。


「やはり単独での戦闘能力も申し分ない……。しかし、まだランクはそれほど高くない……か。今後の事を考えるといい機会か……」


「あ、あの……」


「ああ、すまない。君にやってもらいたい依頼について考えてたんだ」


「そういえばそんなこと言ってましたね。ギルド長直々になんて……」


 ルーミアはハンスに呼びかけられたときのことを思い出した。こうした何気ない雑談もハンスの目的の一つではあるが、本題はルーミアへの依頼。ギルド長本人から頼まれるということは何か難しい依頼なのだろうかと、ルーミアはごくりと唾を飲み込んだ。


「別に強制という訳じゃないから断ってもらっても構わない。でも、君にとっても悪くない話だと思っている」


「私にとって悪くない話……ですか? その依頼に何かあるんですか?」


「ああ。君が受け入れてくれるのなら、その依頼を特別昇格試験にしてしまおうかと思っているのだが……どうだろうか?」


「特別……昇格試験……っ」


 ハンスの口から語られた、聞き慣れない言葉。

 だが、推測はできる。その言葉の意味を理解したルーミアは驚いたようにハンスを見つめていた。

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