第64話 試験間の小休止
模擬戦よりも激しいオーラでアンジェリカを圧倒したルーミアだったが、何とか落ち着きを取り戻し、結果の報告に向かう。
隣を歩くアンジェリカはややルーミアの顔色を窺っているようにも見える。
模擬戦にて実力差を示したはずなのに、番外戦ではルーミアに軍配が上がったらしく、さしものSランク冒険者も強気で凛とした様子がややなりをひそめている。
それでも立ち振る舞いは美しく、小柄のルーミアと並べてみることで姉妹のようにも思える。
「あ、ルーミアさん。アンジェリカさん。お疲れ様です。どうでしたか……? ルーミアさんの表情がものすごく険しいですが……まさか試験の結果がダメだったんですか?」
「えっ、いや、試験は合格でしたよ。合格はしましたけど…………」
仮に合格しているのなら満面の笑みで嬉しそうに報告してくるだろうと思っていたリリスはルーミアの表情がどこか固く不満そうだったため、試験の結果が芳しくなかったのではないかと勘繰ってしまう。
しかし、そんなことはない。ルーミアの不機嫌と試験の結果はまったくといっていいほど関係ない。
ルーミアはじとーっと横目でアンジェリカに鋭い視線の向け、無言で圧をかける。
「……本当に悪かったよ。無事Aランクに昇格できたらご飯でも奢ってやるから機嫌を直してくれ……」
「本当ですか? 言質取りましたよ? 絶対ですよ?」
「……ああ、昇格できたらな」
これしきの約束でぱあっと表情を明るくさせるルーミア。
自らの失言が招いた事態とはいえ、自分の担当する試験者がずっと不機嫌なままでは居心地が悪いアンジェリカもほっと安堵の息を吐いた。
「えっと、何があったのか分かりませんが、おめでとうございます……でいいのでしょうか?」
「はい、ありがとうございます!」
「アンジェリカさん、ユーティリス屈指の期待の新星ルーミアさんはどうでしたか?」
「うむ、噂に違わぬ実力者だったな。あれだけ動けて攻撃力も高いときたものだ………これで白魔導師というのがにわかには信じられんよ。普通にそこらの中途半端な実力の前衛よりよっぽど役に立つだろうな」
「おお、意外に高評価なんですね」
「ああ、せっかく試験官をするためにわざわざここまで足を運んだんだ。すぐに帰るようなことにならずに済んでよかったよ」
元々、アンジェリカは他の場所を拠点として活動している冒険者だった。
ユーティリスにやってきたのもルーミアの昇格試験の試験官を担当するため。
ユーティリスにもAランクの冒険者はいるにはいるが、問題なのはルーミアと戦わせたときにどうなるかというものだ。
アンジェリカが評価したようにルーミアの戦闘能力は高く、下手な冒険者を試験官に据えてしまうと試験にならず一方的な蹂躙が行われる可能性があった。それはもちろん、ルーミアが蹂躙する側である。
故に、ルーミアのパワーとスピード、そのどちらにも対応できる格上の冒険者の存在が必要だった。
並のAランク冒険者ではルーミアの試験官は務まらないと判断されたからこそ、Sランク冒険者に試験官の打診が行き、それを受けたアンジェリカははるばるこの地へと赴いたのだった。
初めは意味の分からない冒険者だと思った。
前代未聞のアタッカー型白魔導師。アンジェリカ自身一人でも戦える魔導師であるため、ソロの後衛職への理解は人よりはあるつもりだったが、それが支援職となれば話は別だ。
中遠距離の攻撃魔法を主体とする魔導師とは違い、支援や回復の白魔法が主な技の白魔導師がいったいどうやってAランク昇格の資格を手に入れたのか。甚だ疑問に思っていたがアンジェリカだったが蓋を開けてみれば至ってシンプル。ルーミアの実力や相手を努めてみてよく分かった。
「やった! ご飯ご飯~。高級料理~」
「私が悪いから何も言えないが……君は遠慮というものがないな。ところで、もう受かった気になるのはいささか早計なんじゃないか?」
「……あっ、そうでしたね。まだ試験残ってるんでした。リリスさん、あと何をすればいいんですか?」
「実際にAランク冒険者が受ける依頼を一つ選んでもらって、それをこなしてくるというものになりますね。もちろんアンジェリカさん同伴です。原則手助けなどはできませんが、いざというときは助けてもらえるので安心してください」
「おー、ついにAランクの依頼ですか。楽しみです」
ルーミアに残された試練は、実際にAランク相当の依頼をこなすというもの。
試験官同伴でどうしようもない危機的な状況に陥ったらサポートに入ってもらえる。といっても試験官はあくまでも保険。出番が回ってくることは即ち試験不合格を意味すると思って臨んだほうがいいだろう。
「あれだけ啖呵を切ったんだ。もちろん私に手を出させずに見守ってるだけの簡単なお仕事にしてくれると期待している」
「任せてください! どんな依頼でもパワーでねじ伏せます!」
「そうか。それは楽しみだ」
試験者を監督するという最低限の役目をこなすだけで余計な手出しをする機会が訪れないのが試験官としては望ましい。
どんなAランクの依頼を充てられるかは分からないが、自信満々といった様子のルーミアに、アンジェリカはふっと小さく笑みをこぼした。
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