第63話 すこぶる冷静です
「さて、とりあえず離してくれないか……? 私を締めたままビリビリさせるのはやめてくれ……」
「あ、はい」
アンジェリカから合格の言葉を引き出したルーミアは、そこで安堵して彼女も拘束を解いた。
力を解き放っていないとはいえ、
純粋なパワーによる締め付けとバチバチと弾ける感覚から解放されたアンジェリカは大きく息を吐いた。
「ふう……まさかあれを突っ切ってくるとはな……。いったいどうやったんだ?」
「回復に任せて被弾覚悟の特攻ですよ。痛かったですよ~」
「ふむ……随分と無茶をしたものだな。だが、多少の犠牲を厭わない姿勢は嫌いじゃない。そういった判断力は上に上がるには必要不可欠だしな」
意外にもアンジェリカはルーミアの取った身を切る戦い方に肯定的だった。
強引。力任せ。決して褒められるものではない。そう思っていたルーミアは目を見開いた。
「何だ、意外か? まあ、お前はソロらしいから自分がダメージを受けるのはなるべく避けた方がいいのは確かだが、受ける攻撃の種類や程度をきちんと把握し、自分の回復能力と照らし合わせて判断できているのなら文句は言わん。そうだな……さっきの私の魔法が弾幕系ではなく光線系だったらどうした?」
「さすがにそれは避けますよ」
「そういうことだ。さっきの私の弾なら受けても回復が間に合うと判断したからだろう」
確かにルーミアの判断は合理的だった。
どのみち突撃せずに回避や迎撃を優先したとしてもあれだけの弾幕を張らせてしまえば追いつかなくなり削られていくだけ。それならば多少のダメージには目を瞑ってでも己の間合いに持ち込むことが先決と考え、それを実行した。
「最後、後ろに回ったのには何か理由があるか?」
「これまでに見せられた弾は直線軌道の風の魔法と曲がる炎の魔法だったので、背後からの密着攻撃が一番反撃を受けずに済むかなと……」
「それも悪くない判断だ。私は中距離攻撃主体だが、一応近接の魔法も使えるし、何ならこういうこともできる」
そういうとアンジェリカは先程までルーミアに容赦なく撃っていた風の弾を手元に浮かべ、自身の身体の周りを回るように動かした。
基本的に魔法は撃ったらあとは飛んでいくだけと思われがちだが、上級者になれば軌道を曲げて変化させ、さらには自分の意思で操作することだって可能となる。
弾の軌道を自由自在に変えることができるのも魔弾と呼ばれる所以。
だが、それをしなかったのはひとえにルーミアの実力を見るための手加減だ。
「どうしてそれで私を攻撃しなかったんですか?」
「ん? あそこまで密着されたら私がどう抵抗しようとお前の方が早いだろう?」
「じゃなくて、その前とか……例えば通り過ぎていった弾を戻して背中から狙うとかもできたんじゃないですか?」
「何だ? まさか本気で相手してもらえると思っていたのか?」
ルーミアはアンジェリカが手の内を隠していたことについて言及する。
この模擬戦の目的はあくまでもルーミアの実力を測ることであり、お互い本気の戦闘をするわけではない。
やや不服そうにしているルーミアにアンジェリカは困ったように笑う。
「そうだな……あれをそこに持って来てくれ」
そう言って指差したのは部屋の端の方に並べて置いてあった訓練用の的だ。
何をするのかは不明だが、ルーミアはその指示に従い的を移動させ、アンジェリカから少し離れた場所に設置した。
「私が普段通りの戦い方をしているなら……こうだ」
アンジェリカが的に人差し指を向けた次の瞬間。ルーミアがまばたきをしたほんの一瞬でぶわりと風が吹き、的にはいくつかの穴があけられていた。
「わざわざ魔法の弾を手元に置き、どんな属性の弾で、どのタイミングで攻撃するか相手に教えるような真似はしない」
「速い……」
「分かってくれたか? これはあくまでもお前を測るための試験だ。試験者と試験官での間に実力差以上に有利不利がある場合、本気を出してしまったら試験にならなくなる場合もある。お前は十分不利な相手に抗い、残された勝ち筋をきちんと拾い上げた」
ルーミアとアンジェリカの相性は控えめに言っても最悪だった。
かたや近接攻撃主体の物理アタッカー、かたや中、遠距離対応の魔法使い。
近付けたらルーミアの方に分があるのかもしれないが、それまでの道のりがあまりにも至難すぎた。アンジェリカが魔弾と呼ばれるに値する本来の力を振るっていたらルーミアは試験どころではなかっただろう。
だが、適度に手を抜いたとはいえ、アンジェリカも全力だった。
負けるつもりなど毛頭なかった。だからこそ、最後の最後でルーミアの接近を許してしまった際は焦って抑えていた力を解放し、一瞬本気で弾幕を作り上げてしまったほどだ。
そのことも含め、あまり悲観することはないと告げる。
それを聞いたルーミアはやや不満は残るが、納得はしたようだ。
「とにかく、私との模擬戦は合格だ。ところで………………君の胸はとても小さいな」
「……は? 何ですか急に?」
「いや、あんなに密着されたのに柔らかいものをあまり感じなかったなと思ってな……。余計な脂肪がなく抵抗が少ないから高速での移動も最適化されている……という訳か」
「…………殴っていいですか? 喧嘩ならいくらでも買いますよ?」
背後から抱きしめられたアンジェリカはその時の感想を告げる。
純粋に思ったことを述べ関心した様子のアンジェリカだったが、身体の起伏が乏しいことを少し、ほんの少しだけ気にしているルーミアには嫌味にしか聞こえなかった。
顔は笑っている。だが、目が笑っていない。
ゴゴゴゴッと怒りのオーラを纏い、拳をボキボキと唸らせながらアンジェリカに迫る。
「……すまない。私が悪かった。だからいったん冷静になろう」
「私はすこぶる冷静ですよ?」
「君の暴力は骨を容易く砕き破壊すると聞いている……。本当に勘弁してくれ」
「…………はぁ、次はありませんよ」
ルーミアの地雷を見事に踏み抜いたアンジェリカ。
模擬戦とは一転して、聞き及んでいた情報と暴力をちらつかせるルーミアの圧力に冷や汗を流すのだった。
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