第62話 魔弾のアンジェ
これまで感じたことのない圧。
まだ何もしていない、目の前で両手を広げて立っているだけのアンジェリカから放たれるプレッシャーをひしひしとその身で受けながらルーミアは相手の出方を窺った。
「こないのか? ならこちらからいこう」
先手必勝。先に動いて主導権を握るという選択肢もあった。
だが、ルーミアは待った。実力の程を知れない相手に無策で突っ込むのは下策だと判断した。
だからこそ、相手の手札を見たい。
見て、見切って、安心してから動きたい。
ルーミアが動かないのを見て、アンジェリカは己を魔弾と知らしめるに至ったそれを展開した。
(早いし、多い。手数で押すタイプか……結構嫌かも)
一つや二つなどではない。少なく見積もっても三十は越えている魔法の弾丸がアンジェリカの傍に携えられた。しかも、それは片手だけの話。異なる属性の魔法の弾が左右の手それぞれに同じだけ展開されたのだ。
右手には炎の魔弾、左手には風の魔弾。
アンジェリカの左手側の弾が煌めき、凄まじい速度でルーミアに向かって射出された。
「それなら……
確かに早い。だが、目で追えている。
それを上回る速度を出すことに慣れているルーミアは落ち着いてそれを躱す。
「だろうな。この程度は防ぐか避けるかするだろう」
だが、小手調べだったのはアンジェリカも同じ。
すべての弾を放っていたわけではなく、手元に数十発残してあった弾をルーミアが動いた先へ散らしながら放つ。
ただただ魔法の弾を真っすぐ放つだけであるが、時間差を付けたり、散らして範囲を広げたりと制御に長けているのが伺える。
魔法を扱う技術面に関しては素直に称賛せざるを得ないが、それはそれ。やはり一筋縄ではいかないようで、ルーミアは目を細めた。
「
避けきれないと判断した魔法攻撃だけを的確に壊しながら、ルーミアはアンジェリカの方に向かった。
防御手段に乏しいルーミアが、中距離主体の魔法使いに距離を取っていてはただただなぶられるように狙い撃ちにされるだけ。
どのみち距離を詰めなければいけないのならば、風の魔弾を対処した今……そう思っていたルーミアは目を疑った。
(あれ……? 炎の弾は……?)
アンジェリカが携えていた炎の魔弾がいつの間にか無くなっている。
ほんの一瞬、風の弾の対処に気を取られた隙に、アンジェリカは炎の弾を放っていた。
(上かな)
「
右にも左にも弾は見当たらない。正面には丸腰になったアンジェリカ。だが、焦る様子はまるでない。ならば、残された可能性は一つ。
ルーミアは踏み込みを急停止させ、すかさず高速で後退した。
その直後、ルーミアが通過しようとしていた場所に炎の雨が降り注ぎ、ズガガガッと訓練室の床を穿った。
何も考えずにアンジェリカの隙を突く好機とみて突撃していたら炎の雨に降られていた。
「ほう、これも躱すか。てっきりそのまま当たりに来てくれるかと思ってたよ」
(分かってはいたけど、この人……強いな)
魔法使いに限らず後衛職の基本である、敵を近づけさせないを忠実に守る立ち回り。
速さで突き抜けようにも同じく速さと読みで対抗される。迂闊に近付こうものならそれこそ的だ。
「さって……どうしようかな?」
これはいわば挨拶にすぎない。
ここからアンジェリカの攻撃は更に精度上げるだろう。
ルーミアがどれだけ動けるかも計算に入れ、もっと正確に狙ってくる。
「さ、まだまだこれからだぞ。さっきまでの威勢はどこにいった?」
再びアンジェリカは両の手に魔弾を装填した。
属性は変わらず風と炎。
容赦なくどかどか撃ち込まれる魔法を躱しながら、ルーミアは思考を巡らせる。
(空中機動できないからジャンプできないのが辛いなぁ……。平面で避けてるだけだと魔法を散らされてどんどん身動きできなくなるし……いっそ壁と天井を使って三次元の動きをする?)
現状ルーミアがアンジェリカの魔法攻撃に対して取れる行動は回避か迎撃の二択。だが、空中に回避――――すなわち跳躍をしてしまうと、空中にて移動する手段を持たないルーミアは回避行動を取ることができず迎撃一択になってしまう。
その迎撃も手か足で行わなければならないため、ついいつもの癖で跳んで避けてしまうと、たちまち狙いの的になってしまう。
ここが屋内かつ足場にできるものがないというのもルーミアにとってはつらいところ。
無理やり壁や天井を使って変則的な動きをすることも視野に入れてみたが、どうやらそんなことをしている余裕はないようで、ルーミアはひたすらに魔弾の雨の対処に追われていた。
「やはり近付かなければ始まりませんね」
結局のところ、ルーミアが本領を発揮できるのは近接。
多少のリスクを背負ってでもアンジェリカに近付くことにしたルーミアは身体強化された足に力を込め一気に加速する。
しかし、互いの距離が縮まるということはアンジェリカにとってもメリットはある。
近いほど魔法の精度は上がり、着弾までの時間も短くなる。
特に速度重視の風の魔弾の対処の難易度は跳ね上がるだろう。
アンジェリカはさらに多くの風の魔弾を展開し、ルーミアに差し向ける。
百を超える数の魔弾が左右だけでなく足元、胴、頭と散らされ、時間差で奥行きもできている。
これに対してルーミアは、回避行動も迎撃態勢も取らなかった。
「
「何だとっ?」
魔弾の嵐に向かって更なる加速を得て突撃した。
その身に魔弾を受けながらも、一切の迷いなく突き進む。
複雑な動きは何もない。
ただ直線に最短距離を駆け抜けたルーミア。その姿を見失ってしまうほどに、一瞬で懐に入り込まれたアンジェリカは驚愕の表情を浮かべる。
(痛っ……
ルーミアの表情はやや苦痛に歪んでいるが、口元は吊り上がっている。
狙い通り。捨て身の特攻と思われる行動だが、きちんと保険はかけてある。
だからこそ、躊躇なく飛び込むことができた。
だが、受けたダメージを瞬時に癒すといってもダメージを受けていることに変わりはない。それでも、行動不能に陥る事態は避けられた。
強引に自分の間合いに持ち込んだルーミアはそのままの勢いで足を振るう。
勢いはあるが軽くなった一撃。
それほど破壊力はない蹴りを叩き込まんとするが、アンジェリカの身体に当たる直前、彼女の身体を覆う光の膜のようなものに阻まれる。
「魔法ガードを破るのは得意です。
しかし、それが魔法によるものならば無に帰す力がある。
魔法を破壊する力を纏った拳と蹴りがアンジェリカを守る砦を叩き壊し、今度こそ丸腰にする。
「くっ、まだだ」
「いいえ、ここなら私の方が速いです」
アンジェリカはこれまでの魔法がお遊びではないかと思わせるほどの夥しい数の魔弾を広げる。
しかし、この距離ならば魔法を展開し放たれるまでの時間より、ルーミアの方が速い。
バチッと紫電を迸らせて素早くアンジェリカの後ろに回り込み、自慢の強化された身体で押さえ込むように抱き着いた。
「
「…………いや、遠慮しておこう、合格だ」
さすがのアンジェリカといえど自分の背後に向かって攻撃するのには、弾道を引こうにもやや回り道させる必要がある。そもそも、バチバチと身体から放電しているルーミアが密着している以上、何かアクションを起こそうにももう手遅れだろう。それにルーミアの小柄で華奢な身体は見た目簡単に抜け出せそうだが、
アンジェリカはふぅと小さく息を吐き、ルーミアに合格の言葉を投げかけるのだった。
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