第61話 試練はここから

 気付かぬ間にふるいにかけられていたルーミアだったが、反射神経だけでそれを何とか突破した。

 ルーミア自身が白魔導師ということもあり、魔法発動の予兆のようなものを感じられたことも大きいだろう。

 感覚で分かる。握手と同時に放たれたそれは打ち消さなければ差し出した手がただでは済まなかっただろう。


(こわっ! 危な~)


 内心バクバクのまま、握手している手とアンジェリカの顔を交互に見やる。


「ふむ……ソロで活動する頭のおかしい白魔導師なだけはある。今のは魔法解除か……。私の魔法行使と何ら遜色ない発動スピード……面白いな」


「はぁ、どうも……?」


「悪かったな、脅かすような真似をして。これが私のやり方なんだ。Aランク昇格の資格を持っただけの未熟者が浮かれていないか見るのも上の努め……まあ、私がAに上がる時にされたことをそのまま真似しているだけだがな」


「アンジェリカさんが昇格するときに……ですか。ちなみにその時はどうされたんですか?」


「私の時の試験官は剣士だった。挨拶の途中でいきなり斬りかかられたから思わず反撃してしまったよ」


 かつてアンジェリカが昇格の際に試験でやられたことをそっくりそのままやっているという。卑怯とも思われるやり方だが、存外いいふるいといして機能しているらしく、これまでにもそのやり方で何人もの冒険者を試験してきたらしい。


「だが、これで安心するなよ。ひとまず減点がなかっただけでまだ試験は続く。巷で噂の白い……えー、なんだったかな? まあいい、とにかく期待しているからあまり不甲斐ない姿は見せないでくれ」


「……次は何をするんですか?」


「軽い戦闘訓練だ。お前の実力、私に見せてみろ」


 やはり昇格試験となればそれは外せないだろう。

 格上冒険者との手合わせ。ルーミアはより一層気を引き締めると同時に思考を巡らせる。


(実力を見せろ……か。普通に戦えばいいのかな? それとも……)


 この模擬戦も試験の一環。実力を見せろとは何を示せばいいのか。勝利という分かりやすい指標でもなく、一撃を入れろ、一撃も食らうななどという明確な目標もなく、ただ実力を示せというアンジェリカ。


「ルーミアさん、頑張ってください。あの人は魔弾と呼ばれる魔法使いです」


「魔弾ですか。それはまた随分素敵な呼び名じゃないですか。私もそういうカッコいいのがいいのですが」


 アンジェリカはうろ覚えだったがルーミアの二つ名については聞いたことのある素振りを見せていた。

 不名誉な二つ名が広まるのを何とか食い止めたいと願うも、やはり人の口には戸が立てられない。叶わぬ願いは消え去るのみ。ルーミアは小さくため息を吐いた。


「では、またあとで」


「はい、いい報告ができるように頑張りますよ」


 これから戦闘が繰り広げられる訓練室。

 リリスはルーミアに激励の言葉を送ってその場を後にした。


「あの少女と会話している際でも私から目線を切らなかったな。身体の構えも自然体、隙だらけに見えて隙が無い。面白いな」


「今さっきああいうことされたばかりで警戒を解くなんてできないですよ」


「それでいい。むしろこんなところで気を抜くようでは拍子抜けだ」


「アンジェリカさんの期待に応えられるように頑張りますよ」


「アンジェでいいぞ。人は私のことを魔弾のアンジェと呼ぶ」


 ルーミアはリリスとの会話に応じながらも、アンジェリカから視線は切らずに何かされてもすぐに対応できるように構えていた。

 その点も評価に値したのかアンジェリカは興味深そうに笑う。


 アンジェリカもルーミアに期待しているのだろう。

 彼女が定められた境界線を踏み越えてこちら側に来るに値する人物なのか。その答えを見せてくれと切に願っている。


「では、始めようか。ルールは簡単、私が合格か不合格のどちらかを告げるまで戦闘を続ける。さて……君はこの魔弾のアンジェ相手にいつまで立っていられるかな?」


「さぁ、どうでしょう? 意外と最後に立っているのは私かもしれないですよ?」


「やってみろ、できたら褒めてやる」


 相手はランク上で見れば格上。

 だが、慢心もしなければ過度にちびり上がることもない。


 心を乱していた先程とは違って、戦闘モードがオンになったルーミアはフラットな状態でアンジェリカを見つめる。

 Sランク冒険者に挑むことができるまたとない機会。

 ルーミアは拳を握り、ゆったりと膝を曲げ、白い髪を揺らし、不敵に微笑むのだった。

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