第77話 綴られる軌跡

 パラパラと音を立てて捲れた日記帳。

 新たに顔を出した白紙のページに目を落としたリリスはふぅと小さく息を吐いた。


「たまには日記を見返してみるのもいいですね……。しかし……いつの間にかルーミアさんのことばかり書くようになっていました。それほど彼女と接する時間が増えていた、ということでしょうか」


 リリスは簡単ではあるが、毎日日記を残している。

 その日あった出来事、冒険者との会話など、内容は日によってまちまちだが、その日について軽く触れた何かを記していた。


 そんな日記帳を何気なく見返していたリリスはある事に気付いた。

 ルーミアと出会ってからというものの、彼女がよく日記へと登場している。

 知らず知らずのうちにルーミアの事ばかり書くようになっていたことが発覚し、リリスの口元は柔らかく弧を描いた。


 初めはよく分からない少女だった。

 仲間を持たない白魔導師。物珍しいなと思いつつも、いつかは限界が来る。そうしたら嫌でも冒険者としての在り方を見直さざるを得ない日がやってくる。そう思っていたが、ルーミアはリリスの想定とは違う方向に突き進んだ。


 その結果、今がある。

 Aランク暴力少女ルーミア。短いながら彼女がそこに至るまでの軌跡がその変哲もない日記帳には綴られていた。

 自称ではあるがルーミアの専属受付嬢を自負しているリリスは、記された奇行、もとい活躍の数々を読み返し、懐かしさ、誇らしさ、呆れなどなど様々な思いを蘇らせる。


 そして――――――――。


「……今日は楽しかったですね。久しぶりに休日を満喫した気がします」


 白紙のページを指でなぞり、何を記そうか考えた時、ルーミアと過ごした時間が思い起こされた。

 いつもはさらりと書き終えてしまうそれも、何を書こうか、何から書こうか、悩んでしまって文字が綴られないままリリスは数分唸る。

 そして、ようやく書き出した。

 いつの間にか書き慣れてしまった、白い少女の名前がそこにはあった。


「ルーミアさん、かわいかったですね。かわいいの暴力……反則です」


 一日ともに過ごした彼女の姿は脳裏に焼き付いている。

 暴力少女と謳われるだけあってかわいいの暴力も一級品なのか、などと馬鹿なことを言いながらも書き始めるとすらすらと筆は進む。


 その一文字一文字を嬉しそうに綴るリリス。

 濃い一日を過ごしたせいか、書くネタが尽きず、行はどんどん増えていく。

 いつもならばとっくに筆を置き、日記帳を閉じているのだが、まだ止まらない。

 今日という日の思い出が色褪せないうちに、この日記帳に閉じ込めておかなければいけない。

 リリスは、そんな使命感のようなものに駆られて、思い出せることは何でも書いた。


「ふぅ……かなり書きましたね。うわ、普段の何倍もあるじゃないですか。でも……そうですよね。今日は本当に楽しかったです。これくらい綴っても仕方ありません」


 気付けばページが埋め尽くされそうな勢いだった。

 筆を置いたリリスはその内容を見返して、今日という日を振り返る。


「ルーミアさんのあの話……どうしましょうか?」


 あの話というのは当然同居についてだ。

 突然持ち掛けられた話に即答できなかったリリスは考える時間をもらった。


 それはそれはもう魅力的な提案だった。

 リリスがギルド職員寮に住んでいるのは家賃を浮かせるため。

 その他のメリットと言えば徒歩数十秒で職場に辿り着くことくらいだろうか。


「でも、それだけですもんね……。あれ? 考えれば考えるほどありなきがしてきました。むしろ断るという選択肢なんてないのでは……?」


 元々前向きに検討していて、その提案に乗る方に傾きかけていたリリス。

 ルーミアの誘い文句が真であるならば家賃ゼロの上、今よりいい環境の住居に移動ができるチャンス。

 長考に至るまでもなく答えは決まりかけていた。


「それにしても……三食昼寝付き、でしたっけ? あの人、料理できるんですか?」


 リリスはルーミアの誘いの言葉を口に出し、苦笑いを浮かべた。

 本人には申し訳ないと若干思いながらも、ルーミアが料理を振る舞ってくれる姿を想像できず、リリスは一人クスクスと笑う。


「まな板……真っ二つ……どころか粉々。お肉はミンチ。キッチン、大炎上。あれ、もしかしてやばい?」


 だが、具体的にルーミアが料理している姿を思い浮かべたところ、その笑みは一瞬でなりを潜めた。

 妄想上のルーミアが調理場で暴れ散らかしていて、どうにもできず頬をひくつかせる。


「……いや、さすがにないですよ。ないない。…………ありそー」


 さすがにルーミアもそんなことはしない。

 頭をぶんぶんと振って暴れるルーミアの妄想を掻き消すも、一度思い浮かべてしまった彼女の虚像は幾度となく蘇る。


「……昼寝付き、お家賃ゼロです。三食は聞かなかったことにしましょう」


 ついぞこびり付いたイメージを払しょくできずにリリスは心の中でルーミアに謝る。

 そして、彼女が満面の笑みで語った同居の誘い文句を、自分の中で改竄したリリスだった。

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