第78話 張り切って暴力!

「おはようございます!」


「……おはようございます。ルーミアさんは今日も元気ですね」


「私はいつでも元気ですよー。そういうリリスさんはちょっと顔が赤い……? 風邪ですか?」


 約束通りの対面。

 ルーミアの元気な挨拶に昨日の影がちらつきリリスはやや目を逸らしながら挨拶を返す。

 いつもの冒険者モードの服装をしていて、もはやトレードマークと言ってもいいガントレットとブーツを装備したルーミアだったが、なぜだかかわいらしく思えてしまう。


(以前は完全否定していたはずなのに……私も随分毒されてますね……)


「何でもありません。それより今日はどうするんですか? 一応受けられる依頼はまとめてありますが……」


「あ、じゃあこの前昇格試験の時に受けた亀さんの討伐依頼ってまだ出てますか?」


 普段はリリスが依頼を決定しているか、リリスが選んだ候補をルーミアが見て決めるのだが、珍しくその前の段階で受けたい依頼を絞っていたようで、それが依頼として出されているのかを尋ねる。

 Aランク昇格試験の際に実際に受けることになったAランク依頼の金剛亀討伐。

 ルーミアはその依頼をお望みだった。


「はい、出てますよ。まあ、ルーミアさんにとってカモな依頼なので狙い目ではありますが……!」


「ま、それもありますけど一番はテストですね。せっかく魔力を溜めたので実践で試してみたいんです」


「昨日言っていたアレですか? ルーミアさんなら大丈夫だと思いますが……無茶はいけませんよ」


「分かってますよー。もうあれは私の敵ではありません」


 リリスの言う通り、ルーミアならば容易くこなせるというのも理由の一つだろう。

 何より一度受けた経験があり、討伐の勝手も理解している。

 普通ならば割に合わない外れ依頼になるそれも、ルーミアにとっては楽にこなせるAランク依頼なため、手軽に手に取ることができる。


 それに加えて、ルーミアがわざわざその依頼を要求したのにはまだ理由がある。

 身体強化ブーストの制御テスト。

 その実践訓練の仮想敵として選ばれたのが金剛亀だった。


 リリスは万が一を想定して目を細めるも、ニコニコと自信満々な様子のルーミアを見ているとその心配も無用なものと思えてくる。

 どちらかというと討伐依頼よりも実験がメインと思われる発言に頼もしさすら感じられる。

 もはやルーミアにとって金剛亀討伐は片手間で行える作業という認識なのかもしれない。


「なるほど、その実験ついでにお金を稼ぐと……。Aランク依頼を手に取る者の発言とは思えませんね」


「まあ、他の依頼だとこういうことは言えないかもしれないですが……早いところ次の段階を安定させて他の依頼も受けてみたいですね」


 ルーミアにとってこの強化訓練は必要なことだ。

 Aランク依頼ともなればこれまでとは危険度の段違いな依頼もある。

 そんな依頼であっても手に取ることができるように、己の手札を増やす。


 次なるAランク依頼に挑む前の下準備。

 ルーミアはAランク依頼ですら己を高める糧にしようとしている。


「で、その次というのはいくつなんですか?」


「九重ですね。ここまでくるとちゃんと制御できないとやばいことになるので……」


「九……ですか。二であんなだったのに、どうなるのか全く想像できません」


「そうですねー。今リリスさんに九重ノーナを施したら……ギルドは全壊ですね。試しにやってみます?」


「殺す気か」


「冗談ですって」


 ルーミアが試運転を重ねている身体強化ブーストの次なる段階、身体強化ブースト九重ノーナ

 己の行使する魔法に理解があり、感覚的なセンスも兼ね備えたルーミアだからこそ使いこなしている技だが、普通の人が使用するには危険極まりない。

 その危険性を身を持って体験したリリスは、ルーミアの冗談に顔を青くさせる。


八重オクタの更なる安定化と魔力消費の効率化、そして九重ノーナの瞬間解放、ひいてはほんの短時間でもいいので制御することが今日の目標です」


「……もう、好きにしてください。ルーミアさんにとっては簡単な依頼かもしれませんが、不測の事態が起こる可能性もあるので油断はダメですよ」


 そう言いながらリリスは手続きを済ませた依頼書をルーミアに差し出す。

 それを受け取ったルーミアは、もうカウンターに用はないはずなのに、リリスの前から移動せずに彼女をジッと見つめている。


「あの、何ですか?」


「一応これがAランクになって初めての依頼なので、リリスさんから何か一言もらっておこうかなと」


「……要ります、それ?」


「要ります要ります! 私のやる気が大幅アップですよ!」


「…………はぁ、頑張ってください。お怪我にはお気をつけて」


 時折顔を覗かせるルーミアの子供っぽい姿とその要求にリリスは苦笑いを浮かべて励ましの言葉を贈る。

 その言葉を待っていたルーミアは満足したように表情を緩ませる。


「ありがとうございます! それじゃ、今日も張り切って暴力です!」


「……随分物騒な掛け声ですね。ふふ……行ってらっしゃい」


 やる気全開といった様子で、駆けだしたルーミア。

 独特な掛け声とともに繰り出して行った白い少女の後ろ姿に、小さく手を振るリリスだった。

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