第101話 旅行の準備
ルーミアの王都行きが決まり、それに伴ってリリスの同行も決まった。
現在二人はその王都に行くための準備を新居にて行っている。
「さっそく新居を空けることになったのは何か変な感じがしますけど、旅行楽しみですね!」
「私は一応仕事で行くのですが……まあ、取ってつけたような用事でしたし実質旅行みたいなものですか」
ハンスがリリスに頼んだ用事はさして重要でもない書類を王都にある冒険者ギルドセルヴァイン本部に届けること。そして、そのギルドの様子を視察してくることだった。
そのどちらもリリスが行かなければいけない理由はなく、むしろルーミア一人でも事足りる案件だろう。
それでもリリスに頼んでいるのは、ルーミアがリリスを望んだからだ。
もっと言うならばルーミアが大会に出て、可能ならば優勝、そうでなくともいい所まで駒を進める事に意味がある。
そうでなければここまでしてルーミアを王都に送り込む事に躍起になることはない。
(ルーミアさんがユーティリスを離れるのは戦力的にも回復魔法要員的にも痛手ですが……それよりも王都で名を売る事によるメリット、宣伝効果を取ったってことでしょうか)
リリスは荷物をまとめながらハンスの思惑を推測していた。
Aランク冒険者が他所に行ってしまうというのはそれなりに影響を及ぼす。
ルーミアはこの地を離れることで大きな戦力を一時的とはいえ失うことになり、さらには優秀な白魔導師の力が借りられなくなるという事でもある。
とはいえ、何より大切なのは本人の意思。
冒険者ギルドは冒険者を縛り付けるための機構ではない。
(まぁ、なんでもいいです。ルーミアさんのおかげで長期休暇を頂けたと思えば万々歳ですね)
「リリスさんは王都に行ったことあるんですか?」
「ありますよ。ギルド本部で行われる研修のために数回程度ですが。ルーミアさんは?」
「んー、ユーティリスに向かう時にちょろっと立ち寄ったくらいで滞在はしてないですね。実質初めてみたいなものです」
かつての仲間から逃げるようにユーティリスに向かう際に王都を経由はしたが、ほんの物資を整えるだけの短時間のみ。
とにかく元仲間から離れる事を最優先に行動していたため、思い出作りに勤しむ時間もなかった。
そのためルーミアにとっては今回が初めての王都行き。リリスと共に行く旅行と題してとても楽しみにしているのが準備の段階から見て取れる。
「メインは大会出場ですけど、時間があったら観光もしたいです……!」
「そうですね。ギルドマスターもゆっくりしてきていいって言ってましたので、自由時間を多めに取ってもいいんじゃないですか?」
あくまでも仕事の一環で王都に向かわされるリリスだったが、その任務について期限などは言い渡されていない。
頼まれ事自体は半日もあれば遂行できるものだが、期限が定められていない以上、どのような日程で行うかはリリスの裁量次第という訳だ。
ルーミアもリリスも用事を終えたらすぐに帰ってくるようにといった要請は受けていない。
裏を返せばせっかくの王都旅行を楽しんでくるようにというハンスの粋な計らいとも解釈できる。
「馬車の中で食べるおやつも用意しないといけないですねっ」
「ルーミアさんは馬車に乗らず走って行ってもいいんですよ? どうです、馬車と並走」
「ヤですよ。そんなことしたら疲れちゃうじゃないですか」
「無理じゃなくて嫌ですか。やろうと思えばやれるのがすごいですね」
「そんなことしたら魔力切れで負けてしまいます……。支援魔法のない私はリリスさんが思うよりも貧弱なんですよっ」
「ルーミアさんが……貧弱ぅ?」
ルーミアの力の源は己に行使される支援魔法だ。それが無ければ普通の少女。その事はリリスもデートの際に身を持って知らされている。
だが、その普通の姿はもはやルーミアにとって珍しい状態。常に強化が施された少女に貧弱という言葉はあまりにも不釣り合いだった。
「むー、最近のリリスさんは私の扱いが少し雑です」
「そうですか? 前からこんなものだったと思いますが」
「……それはそれで酷くないですか?」
「気のせいです」
「気のせいですか。なら仕方ないですね」
リリスがこれほどまでにフランクに接するというのは、それほど気を許しているという証明でもある。
普段は一歩引いたような距離感の彼女が近くに感じられるのは、ルーミアにだけ見せる顔があるからなのだろう。
自分だけの距離感に特別を覚え、ルーミアは相好を崩した。
「とにかく、馬車には乗ります。ゆっくり景色でも見ながら、優雅におやつタイムです」
「素敵ですね。でも、ルーミアさんは景色よりもおやつに夢中になっちゃいそうです」
「うう、頑張って景色も見ます……!」
(ふふ、景色は頑張って見るものじゃないのに……ルーミアさんは面白いですね)
まだ準備の段階だというのに、予定を語り得意げなルーミア。
だが、リリスの指摘を受け、今度は自信なさげに眉をひそめた。
一喜一憂、コロコロと忙しく表情を変えるルーミアに、リリスはクスクスと笑みをこぼすのだった。
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