第100話 直々のご指名

 ルーミアは開いた紙に目を落とす。

 ハンスから読むように告げられていた通り、そこには文字が綴られている。

 それはルーミアに宛てられた手紙だった。


「あっ、アンジェさんからですね。えー、んん? 何ですか、これ?」


「何が書いてあったんですか?」


「んー、よく分かりませんが要約すると『決勝の先で待つ』って感じですね」


「決勝? んー、確かにそういう事しか書かれてませんね。あの人はルーミアさんに何を伝えたかったのでしょうか?」


 ルーミアは差出人がアンジェリカであると分かり嬉々して手紙を読み込むも、その内容についてはよく分からなかった。覗き込んだリリスもそれだけでは何を伝えたいのか不明といった様子でハンスに視線を送った。


「あれ、もう少し詳しく書いてあると思ったけど……まあ、いいか。じゃあ、こっちで説明するね。とりあえず座って楽にしててよ」


 ハンスもこれは想定外だったのだろう。

 アンジェリカの手紙を読ませることでルーミアを呼び出した理由くらいは伝わると思っていたようだったが、その思惑は外れたようで自ら説明することにした彼は話し始める前に二人を座らせた。


「えーとね、もうすぐ王都セルヴァインで腕利きの魔導師達が戦って一番を決める大会が開かれるんだけど……二人は知ってるかな?」


「んー、聞いたことはあるかも……くらいです」


「あ、この前ルーミアさんの昇格試験でアンジェリカさんについて調べた時に目にしました。確か前回優勝者がアンジェリカさんなんですよね」


「そうそう。で、その大会なんだけどね……うちの支部からも誰か参加しないかっていうお誘いと、それとは別にアンジェリカ君からの逆指名が来てるって訳」


 王都セルヴァインで開かれる魔導師の頂点を決める催し。たくさんの人が集まる大きな祭りのようなイベントだ。


 それを盛り上げるために実力者を集う訳だが、冒険者ギルドユーティリス支部にも参加者を募集する便りが届いていた。

 要はギルド推薦で実力者を送り込んでほしいという事だ。


 だが、それとは別にアンジェリカ個人からルーミアに便りが届いていた。

 ルーミアが読んで首を傾げたのがそれだ。

 だが、ハンスから話を聞いて状況を理解した上で彼女の文面を思い返してみると、何を伝えようとしているかは何となく想像が付く。


「アンジェさんはその大会に出場しろって言ってるわけですか」


「そういうことになるね」


「すごいじゃないですか! 前回優勝者から直々にお声がかかるなんて……」


 これも昇格試験でアンジェリカとの縁ができたことによるものだろう。

 また、アンジェリカがルーミアの昇格を見届け、実力者であることを認めているからこその誘い。

 そう考えるとルーミアは胸の奥が熱くなるのを感じた。


「うちのギルドにも優秀な魔導師はいるけど、代表として誰か一人を送り込むのならやっぱり君しかいない」


「このギルドの中でも指折りの冒険者ですもんね」


「えへ、えへへへ。そんな、指折りだなんて」


 ルーミアとしてはあまり自覚が無いかもしれないが、実力や実績などで見てもユーティリス支部の顔のような存在だ。

 その上で、魔導で競う大会で参加資格を持つのは魔導師のみ。実力も併せて求められている条件をルーミアは満たしている。


「とはいえあくまでも推薦であって強制ではない。君が出たくないなら出なくてもいいんだが……アンジェリカ君は君と戦いたいみたいだね」


「決勝の先っていうのはなんの事でしょう?」


「今大会の優勝者と前大会優勝者で行われるエキシビションマッチのことだと思うよ。要は優勝しろってことだ」


 ただ参加するだけではなく、優勝して再戦の権利をもぎ取れとのお達しだ。

 実力を買ってもらえるのは光栄な事だが、随分と軽く言ってくれるなぁとルーミアは頬を引き攣らせる。


「うーん、どうしましょうか?」


「ルーミアさんなら即決で出場すると思いましたが……何か出たくない理由でもあるんですか?」


 ルーミアならば戦闘絡みの話には即食いつくだろうと思っていたリリス。だが、隣から聞こえる歯切れの悪い声に目を向けると、少女は顎に手を当てて悩む素振りを見せている。

 正直、そんな彼女の姿は予想外だった。


「いやー、せっかくアンジェさんからのご指名もあるので出てもいいんですが……しばらく家を離れることになるのは……」


「新居を構えたばかりで家を空けるのも気が引けますか。あ、もしかして私と会えなくなるのが寂しいんですかぁ?」


「そうですよ。悪いですか?」


「ゔぇっ?」


 ルーミアが参加を渋る訳をつついてからかおうとしたリリスだったが思わぬ反撃を受け変な声を上げる。

 まさか本当にそれが理由だとは思いもしなかったのだろう。

 リリスは目を丸くして口をパクパクさせている。


「ふむ、リリス君が一緒に王都に行くなら出てもいいってことかな?」


「そうですね」


「じゃあリリス君にも王都に行く用事を与えることにするよ」


「出ます! 優勝してアンジェさんと戦います!」


 ハンスがそう告げるとルーミアはパッと顔を輝かせ参加を表明した。優勝してエキシビションマッチまで駒を進める事を宣言して意気込みも十分だ。


「まぁ、仕事なら仕方ないですね。というか、私も呼んでいたのはこういうことですか」


「すまないね、よろしく頼むよ」


 リリスはルーミアから色のいい返事を引き出すための引き合いに出されたことになるが、それが仕事ならば仕方ないと片目を瞑り小さく息を吐いた。

 ルーミアがいれば済む話し合いに同席させられた理由を悟り、リリスは複雑な表情を浮かべる。

 だが、隣でやる気に満ち溢れた楽しそうにしている少女につられて、ふっと笑みを零すのだった。

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