第102話 馬車に揺られて


 念入りに準備を行い、いざ王都へ向け出発した少女達。

 ルーミア達が乗り込んだのは、荷物などを乗せるのには向いておらず、人も数人しか乗ることができない小さな乗客席の馬車だ。

 ルーミアの持つマジックバッグのおかげで、旅行の荷物がかさばることはない。そのため、最低限少女二人さえ座るスペースのある乗客席の馬車ならば何でもよかったということだ。


 広々とした解放感は味わえないが、その分移動はスムーズになる。

 大量の荷物などを乗せた馬車はその重量で移動時間が延びることもあるが、少しの荷物と少女二人だけなら馬の負担にはさほどならないだろう。人だけを運ぶのに特化した尖ったタイプの馬車だが、その分値段も平均的でルーミア達には都合がよかった。


「見てください! ユーティリスがもうあんなに遠くに!」


「そうですね。ちゃんと景色も楽しんでいるようで何よりです」


「旅行って着いてから楽しむものだと思ってましたけど、着くまでの時間もとっても楽しいです!」


 ルーミアが窓に張り付き、どんどん遠ざかっていく町に声を上げる。

 ユーティリスで活動するようになってから外に出る機会はあれど、こうしてゆっくり街並みを遠くから眺め、道中の景色を楽しむというのは新鮮だった。


「こうしてぼんやりと外の景色を眺めるのも楽しいですね……。天気もいいですし、何だか落ち着きます」


「リリスさん、とてもリラックスしてますね」


「ええ、まあ。何となくですが、この馬車は乗り心地がいいです」


「もっと高くてよさげなのでもよかったんですよ?」


「大丈夫です。むしろこれがいいです」


 カタカタと小気味よく揺れる馬車。

 もっと高い料金を払えば揺れも少なく、ふかふかなソファに腰掛けることができる馬車を選べたかもしれない。

 だが、リリスはこの馬車に不満はなく、十分に満喫していた。


「この調子なら想定より早く到着しそうですね。途中の町で泊まるのも少なく済みそうです」


「野営前提で強引に進んでもいいですが……御者の方や馬さんに、それにリリスさんには無理はさせられませんからね」


「野外で夜を明かすのは危険が伴うので、避けられるなら避けるに越したことはないです。それに……ルーミアさんの方こそこんな道中で力を使い果たすということがあったらまずいですからね」


「ですね。どこまで行けるか分かりませんが、余裕を持って休むようにしましょう」


 王都への道のりは長く、どれだけペースを早めて進んだとしても一日では辿り着けない。そうなると必然的にどこかで夜を明かすことになるのだが、ルーミア達は安全などの事も考えたプランを取った。


 夜の野営は危険が近付いた時に気付くのが遅れてしまう可能性が高まる。

 複数人の冒険者達が交代で見張り番をするならいざ知らず、ルーミアとリリス、それと御者しかいない現状。

 万が一の際に対応できる戦闘要員がルーミアだけとなると、無茶はしない方が得策だ。


 何より、警戒で気を張り詰めていると疲れが溜まる。ルーミアが何をするために王都に向かっているのかを考えた時、ベストなコンディションを維持するのは必須だろう。


「さてさて……このまま平和に何事もなく、私の出番もないといいのですが……リリスさんはどう思います?」


「夜の方は安心だと仮定して……移動中のトラブルは予想できません。魔物、賊など可能性はいくらでも考えられます。特に隊列を作らない単独の馬車だと、人間の脅威も気にしないといけません」


 単独の馬車はそこにいる人が少ないということが一目で分かる。

 人と荷物の総量が少ない分逃げやすいが、有事の際に動かせる人員が少ない分制圧もされやすい。

 魔物の脅威もそこそこに悪さを企む人間にも注意する必要がある。


 ルーミアに護衛としての役割が発生しないことが一番なのだが、どうなるかは分からない。


「ずっと座っているだけだと身体も鈍るのでちょっとくらい何かあってもいいですが…………ん?」


「何かありました?」


「はっきりとは見えないですけど……何かこっちに近付いて来てませんか?」


「どれどれ……げっ」


 ふと窓の外を眺めている時に視界に入り込んだ影。

 遠くで動くそれの正体はよく分からなかったルーミアだが、心なしか接近しているような気がしてリリスにも尋ねる。

 そしてルーミアと交代するように窓から彼女の指す方向を眺め――――リリスはとても嫌そうな反応を示した。

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