第72話 遠回りの帰り道
その後、休憩を終えた二人はお出かけ、もといデートを再開し、日が暮れるまで時間を共にした。
ショッピングし、意味もなく馬車に揺られる時間を楽しんだり、またしても無駄にはしゃいで息の上がったルーミアのために小休憩を挟んだり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「すっかり遅くなってしまいましたね」
「まったくです。明日は普通に出勤なのでもう少し早めに帰るつもりでしたが……楽しくてつい時間を忘れてしまいました」
「私も楽しかったです。また誘ってくださいね!」
辺りは既に暗くなり始めている。
そこかしこでは魔力によって灯る街灯が煌めきだし、薄暗い路地をぼんやりと照らしていた。
そんな淡い光を浴びた二人は楽しい時間の終わりがやってきたことを受け入れる。
リリスは仕事の兼ね合いもあり、帰宅して身体を休める必要がある。
「そんなに寂しそうな顔しないでください。どうせまた明日も会えます」
「どうせって何ですか。まあ、ギルドには行きますし? リリスさんのカウンターに並ぶのでその通りですが」
楽しい時間を共にした後の別れはどうにも惜しくなってしまう。
ルーミアは少ししゅんとした表情でリリスを見つめた。
「……送っていきますよ」
「別にいいですよ。すぐそこですし」
「いいえ。こんなかわいい女の子に危険な夜道を一人で歩かせられません」
「……そうですか。ならお言葉に甘えて」
別れを少しでも引き延ばそうとしているルーミア。
そんなことはお見通しだ。
その上でリリスは困ったように笑って、ルーミアの申し出を受け入れることにした。
「そういえばリリスさんってどこに住んでいるんですか?」
「ギルドの裏手にあるギルド職員寮ですよ」
「げ、それって本当に近いじゃないですか」
「……だから言ったじゃないですか」
「……ちょっとだけ遠回りして帰りませんか?」
このまま通りを歩けばギルドはすぐそこだ。
そこに辿り着いてしまうと今度こそお別れの時間。
ルーミアは最後の悪あがきといった様子で小さく呟く。
「いいですよ」
「そうですよね…………えっ?」
帰る場所はもうすぐそこなのにわざわざ遠回りをするなんて、リリスが承諾するはずもない。そう思っていたルーミアは目を点にした。
「何でルーミアさんが驚いているんですか? そっちから言ってきたんじゃないですか」
「いえ、その……意外で」
「でしょうね。普段ならそんな無意味なことはしません。なので……今日は気まぐれです」
リリスは歩く足を止め、そのまま反転。
寮とは反対方向に向かって歩き出した。
ルーミアは小走りで追いつき、リリスの隣に寄った。
「……ありがとうございます」
「……わざわざ危険な夜道を歩かされるんです。ちゃんと守ってくださいね、白騎士さん?」
「もちろんです! こう見えて私、強いので安心してください!」
嬉しさやら恥ずかしさやらが入り混じる表情でお礼を告げるルーミアに、リリスは人差し指を唇に当てて悪戯っぽく笑う。
もちろん、町中でめったなことは起きないだろう。
それでも、ルーミアの申し出を受けたのは夜道に一人で出歩くことが少しだけ怖かったからかもしれない。
(分かってますよ。あなたは最強の白魔導師です)
隣で跳ねる白い天使は、ついこの間Aランクへと昇格した強い冒険者だ。
そんな彼女をボディーガードにあてがって、夜の旅へと赴くことに頼もしさを覚えても、不安に感じることなどない。
「しかし……夜になると少し冷えますね」
「……そうですか? 今日は結構暖かいと思いますが?」
「手が若干かじかんでいるような気がしますね。身体を冷やすとよくないのでやっぱり早く帰った方がいいのでしょうか?」
「……! はい! はい! 私の手、温かいですよ!」
「そうですか、それはちょうどいいですね」
特に冷えている訳でもない夜。
リリスは棒読みで何かを伝えようとし、ルーミアは少し考えてその意図を理解した。
まさしく茶番。
素直になれないリリスの遠回しの要求。
そんないじらしい茶番を経て、街灯に照らされて浮き上がる二人の影は交差したのだった。
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