第83話 わにわにぱにっく

「うわわわわっ! 来すぎ来すぎー!」


 数滴垂らした血に反応したブラックアリゲーターが凄まじい勢いでルーミアの元へ迫りよる。

 その数、目視できるだけでも十は軽く超えている。


 こうなることは想定できていたはずだ。

 だからこそ、危険な行為として念押しされていた。

 だが、ルーミアの善処するはやはり口だけだった。

 リリスの忠告を聞かずに、強引に事を進めようとした報いが今訪れている。


「あれをいっぺんに相手取るのはちょっと大変そうですね」


 いくら乱戦に自信があるルーミアとはいえさすがにそれは処理の仕方に困ってしまう。

 しかし、不幸中の幸いだったのは、今ならまだ何体通すか選ぶ権利がルーミア側にある事だろうか。


「一……二、三…………五、六、このくらいでいいかなっ」


 大きな水しぶきと一斉に迫る水面に浮かぶ背中や尻尾に一瞬慌てたルーミアだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、数歩後退する。

 冷静に何匹陸に上がってきたのかを数え、ある程度おびき寄せたところでルーミアはジャンプしてブラックアリゲーターを飛び越え、ほとりに立ちブーツの爪先で水面をなぞった。


付与エンチャントアイス――――――――五重クインティッ!」


 ブーツに纏わせた冷気が、湖の水を凍らせていく。

 水辺から中心に広がるように形成されたそれはルーミアの血を求めて這い上がろうとするブラックアリゲーターを拒み、閉じ込める檻となった。


「さて……分断もできましたので、こっちの方を片付けていきましょう。とりあえず指を治して、ガントレット装着。そして……身体強化ブースト六重セクスタ


 振り返るとルーミアを囲うようにしてブラックアリゲーター達が低い唸り声をあげている。

 牙を剥き出しにして目前の少女を餌にしてやろうと涎を垂らす。


 そんな獰猛な姿を見てもルーミアは焦ることなく戦闘態勢を整える。

 果たして捕食者はどちらなのか、そう思わせるほどに白い少女の浮かべる表情も獰猛で勇ましい。


「カメさんに比べたら素早いですが……それでも遅いですねっ!」


 駆けだしたルーミアはブラックアリゲーターを足蹴にしながらぴょんぴょんと跳ねまわった。

 その間、鋭い牙による噛みつきや、大きく太い尻尾での薙ぎ払いなどが行われているが、ルーミアには当たらない。


 単純にスピードが違う。

 ブラックアリゲーターの機動力は水中では凄まじいが陸に上がってしまえばその強みも一気に半減する。

 たとえ六匹が同時にルーミアに襲い掛かったとしても、その牙や尻尾が白い少女を捉えることは決してないだろう。


「もっと数が多かったら話は別だったかもしれませんが、たったこれだけ、余裕をもって対処できます。まずは……一匹」


 ルーミアの得意技、渾身の踵落としがブラックアリゲーターの頭部に突き刺さる。

 それを振り下ろした直後、すかさず顎を蹴り上げ、ルーミアよりも一回りも二回りも大きな巨体を宙に吹き飛ばした。

 ひっくり返って地面に打ち付けられたブラックアリゲーターはピクリとも動く素振りを見せない。


「次っ!」


 それを横目で確認して、次なる標的を定める。

 素早く背後に回り、太い尻尾をがしりと掴む。

 そのまま綱を引くように寄せ、ルーミア自身も身体を大きく使ってぶん回した。


「ワニさんハンマーです!」


 すると少女は持ち上げて振り回したブラックアリゲーターを他の個体に振り下ろした。

 打ち付けるたびに、ハンマーにされた側と叩かれる側、どちらからも悲鳴のような叫びが上がる。


「あはははははっ! たーのしー!」


 ドカドカと鳴り響く鈍い音。

 ブラックアリゲーターを振り回してブラックアリゲーターに叩き付ける。

 それを楽しそうに笑いながら行う白い少女。

 そこには撲殺の天使が顕現していた。


「…………おや、いつの間にか全滅ですか? 思ったより脆かったですね」


 しばし、我を忘れて暴れまわったルーミアは、ブラックアリゲーターを打ち付けるのをやめ、辺りの惨劇を目の当たりにした。

 でこぼこになった地面、横たわるブラックアリゲーター達の姿。そして、手にしているハンマーの変わり果てた様。


「ワニをワニで叩くゲームですか……! 楽しかったのでまたやりに来ましょうかね。今度はもう少したくさん引き付けてみてもいいかもしれません」


 もはや、ルーミアの頭の中に危険の文字はなかった。

 命が危ぶまれるはずの危険な相手ですら遊び道具に変えてしまう少女は、この討伐劇をゲームと称して、再度遊びに来ることを考えていた。

 そんな呑気なことを思いながら水辺に目を向けると氷の壁があった。


「そういえば凍らせてせき止めたんでしたね……。今からでもあれをどかして第二ラウンド……やっちゃいましょうか?」


 ブラックアリゲーターの補充はまだある。

 まだまだ遊べる。

 そんな期待の眼差しを張った氷に向けた、その時。

 ぴしりと音が鳴り、亀裂が広がった。


 ルーミアは緩みかけていた気を引き締め、その点をジッと見つめた。

 何かを砕くような、そんな音と共に亀裂はさらに広がり、その隙間から這い上がってきた刺客の姿をルーミアは捉えた。


「これはこれは……随分叩き甲斐のありそうなワニさんがきましたね……! 私と遊んでくれるんですか?」


 氷をガリガリと噛み砕きながら姿を現したのはブラックアリゲーターと比べてもう一回り大きい白い鰐だった。

 明らかに強い。相対しただけでもひしひしと感じるプレッシャー。

 先程までの一方的な蹂躙とは違い、命の危険が迫っている。


 それを理解した上でなお、白の少女は好戦的な笑みを浮かべていた。

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