第159話 暴力は最大の防御
アレンのダメージ無効がなくなり、人質のリリスも解放した。満身創痍ではあるが、まだ戦える。破壊と再生を司る白魔導師ルーミアは、落ち着いた様子で敵を睨み付けた。
(魔力の流れを強引に正すのはあと一回……トドメを刺す時に残しておきましょう)
相変わらず魔力の流れは乱されている。瞬間的にその効果を打ち消すことはできるかもしれないが、そのリスクは大きく、呼吸をしている限り防ぎようがない。
指向性を持たせない膨大な魔力の奔流で強引に流れを正して、強大な魔法を行使する方法で、不利益を意に介さない戦いをしてきたが、どうやらその方法では最後まで持ちそうにないとルーミアは小さく苦笑いを浮かべた。
だが、それでいい。
様々な要因から解放されたルーミアは、鳥籠から放たれて自由に羽を広げる鳥だ。
たとえ全力とは程遠いポテンシャルしか発揮できなくても、もう屈するわけにはいかない。
(魔力が乱れるのならそれに適応してみせます。それにだけ集中できるのなら、私の暴力はまだ死んでません)
アレンを倒すことがリリスを守ることに直結するようになった今、ルーミアは自由に暴力に訴える大義を得た。他に気にすることはもうない。彼女が暴力姫たる所以を、好き勝手に暴れまわることで証明する。
「
「がっ、このっ」
考えるよりも先に手が出た。強く握った拳がアレンの頬に刺さる。
仰け反りながらも反撃に腕を伸ばしたのはよかったが、ルーミアはとんと軽く床を蹴って後退し、蝶のように鮮やかに躱す。
「
「ぐおっ……」
その伸びた腕を引き、僅かに体勢を崩したアレンに膝を突き立てる。
二度殴りつけ、回し蹴りで押し返して距離を取る。
「
「何度も同じ手を食うか……なっ?」
僅かに距離を取ったのは大きく助走をつけるため。
ルーミアが拳を構えて突進してくるため、アレンは無意識に殴られるのを嫌って両腕で防御態勢を取った。
それを確認したルーミアは殴りかかりにいくモーションから切り替え、勢いを殺さずに体勢を低くし身体を捻った。
下段回し蹴り。
お留守になったアレンの足元を綺麗に刈り、転ばせる。
「
「……ちっ」
這いつくばるアレンの頭部に狙いを定め、足を振り落とす。
器用にも転がりながら避けるアレンの頭の真横に突き刺さった足は、床を踏み砕いて穴を開けていく。
「
大きく転がり立ち上がる機会を窺っているアレンに影がかかる。
白い悪魔が宙を舞い、狙いを定めて跳び膝蹴りを敢行した。
アレンはなんとかして直撃こそ避けたが、衝撃に吹き飛ばされ、二、三度身体を打ち付けながら転がった。
廃洋館ということもあって脆いのか、ルーミアの暴力に耐えられずに壊される。パラパラと舞う木片と、埃がアレンの視界を狭め、ルーミアを見失った。
「何……どこに行った?」
「こっちですよ。
直後、床を突き破ってアレンの足元から顔を出したルーミアが、彼の顎下を掬いあげた。
アッパーが綺麗に決まり浮き上がるアレンに、ルーミアはそのまま狙いをつけて身体を回転させる。
「
「ぐっ……あ……っ」
縦回転の遠心力で加速する踵落としが、アレンの肩にめり込んだ。
人体を破壊する音と共に、床が砕ける音も響く。
アレンが立っていた場所にはぽっかりと大穴が広がっており、ルーミアは再び下の階へと落ちていく。
「はぁ、ほんとに脆いですね。もうちょっと頑丈だったら暴力が捗るのですが……垂直方向ではなく水平方向で叩きましょうか」
踵落としはルーミアの得意とする暴力の一種だが、水平方向に使用してしまうと残念ながら足場の方が耐えられない。
その黒い一閃が通り抜けるその前に、アレンは床を突き破って下の階へと叩き付けられている。それを追う形で落下するルーミアはアレンを目で追いながらため息を吐いた。
自らの意志で宙に躍り出るのと、急に意図しない形で投げ出されるのでは、その後の対応に差が生まれる。特に、空中機動の手段に乏しいルーミアにとっては避けたいものであったが、幸い彼女が宙で警戒心を強めている間に攻撃が飛んでくることはなかった。
「くそ……こんなはず、じゃ……」
「ほら、立ってください。片手はもう使い物にならないかもしれませんが、まだもう片方が残ってますよ。それとも……剣を振る能もない雑魚ですか?」
「もういい、殺してやる。俺のモノにならないお前なんていらない」
首輪を投げ捨てたアレンは、何かを飲み込む素振りを見せた。
「ううぅ……があああぁぁぁっっ!!」
身体が、筋肉が膨れ上がり、理性を失った獣のような咆哮を上げる。
最後の切り札にしては随分と頼りない、ドーピング剤の類の何かだろう。
これまで必死に頭を回し、策を巡らせ、ルーミアを押さえ込むための対策をしてきた。幾度となく苦汁をなめさせられたルーミアはその執念については評価している。
だが、ここにきてその思考を捨てた。まさしく万策尽きたということなのだろう。
それでも、ルーミアは最後の最後まで油断をしないと決め、唸る猛獣と向き合った。
「
もはや剣を抜くこともせずに、拳で挑んでくる。
ルーミアは落ち着いてそれを捌き、膨れ上がって攻撃を当てやすくなったその身体に深々と拳を突き刺す。
「暴力はこうやってやるんですよ。暴力姫から暴力の指南なんて本当はお金を取りたいくらいですが……お金持ってなさそうなので特別にタダで教えてあげます」
殴る。蹴る。殴る。蹴る。殴る。蹴る。ルーミアにとっては単純作業の繰り返し。力も膨れ上がり、痛覚も麻痺しているのか、アレンはルーミアの暴力を受けながらも、同じく暴力で対抗しようとしている。
ルーミアはその挑戦を受け止める。
暴力と暴力がぶつかるのなら、強い方が押し通せる。ルーミアは全霊を持って、自らが鍛え上げてきた暴力で、アレンの暴力を叩き潰す。
「
ルーミアの下段、中段、上段、三連回し蹴りがアレンの膝、腰、横顔に打ち込まれた。それでも吹き飛ばないのは、理性と引き換えに手に入れたパワーによるものなのだろう。だが、力比べではルーミアには敵わないし、どれだけ強い暴力も相手に届かなければ意味がない。
「さて、今の蹴りであなたにはある魔法を施しました。なので……さよならです。
強引な魔力操作に耐えかねて魔力結晶が砕け散る甲高い音が響いた。
その次の瞬間、ルーミアはアレンに認識されることなく彼の懐に潜り込み殴り上げる。
先程まではルーミアの攻撃を受けても堪えることができていたが、その一撃はアレンの身体を容易く浮かせた。
「あなたを遥か彼方遠くにぶっ飛ばすために軽くしてあげました。では……二度とその面、私とリリスさんに見せないでください……っ!」
ルーミアの神速の拳がアレンに叩き付けられ――凄まじい勢いで射出された。
あっという間に廃洋館の壁を繰り抜いて突き進んでいき、空の彼方へだんだんと小さくなっていく。
「暴力はすべてを解決するんです……っと、ちょっと無茶しちゃいましたね」
全力で撃ち出した弾丸が青空に飲み込まれて見えなくなったことを確認したルーミアは、ふらふらとした足取りで壁にもたれかかると、力が抜けたのかずるずると座り込んでしまった。
そこに、繰り抜いた穴から温かな日差しが刺し込んだ。その眩しさにルーミアはうっすらと目を細めた。
◇
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