第142話 調整前の一時

 いよいよ大会当日も近付いて来ていた。

 参加する者は各々、調子を確かめたり、休んで英気を養ったり、そういった調整の段階に入っている。


「お、君達か。どうだ、調子は……と聞くまでもないか」


「見ての通り絶好調です。今の私は無敵ですよ〜!」


「ほう、何かいい事でもあったか?」


「見てください! リリスさんがお揃いの髪飾りを選んでくれたんです!」


 ルーミアも同じく軽い調整の段階に入る。

 そのため冒険者本部にて手頃な依頼を受注し、本番に備えようとしていたところ、アンジェリカが声をかけてきた。

 アンジェリカともルーミアとの再戦は待ち遠しく思っている。万が一にでも変なところで躓かれ、再戦のカード自体をなかったことにされてはたまらない。

 そのため、調子を尋ねるのだが、聞くまでもなく見て分かった。


 ルーミアのやる気に満ち溢れた姿。

 表情からにじみ出る自信。

 どれをとっても絶好調間違いない。

 そんなルーミアの様子にアンジェリカは薄く笑い、その理由を尋ねる。


 その問いかけを受けたルーミアは待ってましたと言わんばかりに頭に咲いた青い薔薇をアンジェリカにアピールした。

 ルーミアの溢れ出る自信は、リリスから贈られたそのプレゼントが起因している。

 これまでのルーミアとは一味違うアクセントに、アンジェリカは興味深そうに目を細めた。


「ふむ……青い薔薇か」


「どうですか? かわいいですよね?」


「ああ、とてもよく似合っているよ。とてもよく……な」


 まるで催促するようにルーミアは髪飾りを見せつける。

 そんなかわいらしい姿にアンジェリカは微笑ましい気持ちになるが、褒めたたえるとリリスへと目を向ける。

 彼女の頭に咲く白い薔薇とルーミアを交互に見て、意味ありげに呟いた。


(……っ!)


 その反応を見てリリスは息を飲んだ。

 何かを察したような視線を向けられてドキリと心臓が高鳴る。


 アンジェリカの表情はそれほど動いていないため何を考えているかは分からない。

 むしろ、次の行動が読めないという点では、その方が不都合である。

 リリスが秘めた思いにルーミアは気付いていない。せっかく気付いていないのだからわざわざ教えられては困るのだ。


 リリスはアンジェリカが自分にとって不都合な言動を取らないよう祈ることしかできない。

 だが、アンジェリカはルーミアから離れ、リリスの方へと近付いてくる。

 いつぞやのように耳元で囁かれ――リリスは硬直した。


「青い薔薇か。素敵じゃないか」


「……どうも、アリガトウゴザイマス」


「奇跡、夢かなう……か。不可能を成し遂げるという意味じゃ確かにルーミアにはお似合いだ」


(やっぱり知ってるー!)


 リリスはたらりと冷や汗を流す。

 反応から何となく分かってはいたことだが、やはりアンジェリカは薔薇の花言葉を知っていた。


「君のは……随分と情熱的じゃないか」


「……何のことですか?」


「白は何色にも染まれる。だから……まあ、そういう事なんだろう?」


「……ルーミアさんには黙っていてください。もし、喋ろうとしたら……斬ります」


 私はあなたにふさわしい。何色にも染まれるからふさわしくなれる。

 そんな白い薔薇に込められた想いを、きちんと察したアンジェリカはリリスをからかうように笑う。


 秘めた想いが筒抜けとなり、リリスはほのかに頬を染めてアンジェリカを睨みつけた。

 ルーミアへの告げ口だけは許さない。

 羞恥に悶えながらもその意思だけはきっちりとぶつける。


 偶然にもリリスはルーミアの調整に付き合うために、本日は武装した格好をしている。

 腰にかかっている魔剣に手をかけ、片方の瞳を深い緑色に染めて睨みを利かせれば、さすがのアンジェリカもたじろいだ。


「ちょっとちょっと、二人してこそこそと何の話をしているんですか? 私も混ぜてください!」


「……たった今終わったところだ。いい贈り物をしたなと話していたんだ」


「そうなんです! いい贈り物をされました!」


「大切にするんだぞ」


 アンジェリカがリリスとこそこそ話をしている様が面白くなかったルーミアは若干頬を膨らませて寄ってくる。

 チラリとリリスを見ると、まだ緑色の瞳は健在で、迂闊な事を口走れないアンジェリカは話を切り上げることにした。


 ルーミアにとっても、リリスにとっても意味のある大切な髪飾り。

 素敵な贈り物をもらったなと微笑むと、ルーミアは満面の笑みを浮かべた。


「その格好をしているということは今日は外に出るのか。君達なら心配いらないと思うが気を付けろよ。私と戦う前に魔物なんぞにやられてくれるなよ?」


「それはもちろんです! 今日は軽い調整なので問題はないはずですよ」


「そうか? なら、リリスをほったらかしにして怒らせて、腕を斬り飛ばされないように気を付けろよ?」


「……リリスさんはそんなことしません。え……しませんよね?」


「さあ、どうでしょう? ルーミアさん次第、とだけお答えしておきますね」


「ひえっ……」


 前回の件も踏まえて、パートナーの機嫌は損ねないようにとアドバイスを送るアンジェリカ。

 ルーミアはリリスはそんな事しないと答えたが、次第に自信がなくなっていき、確認するように顔を見て尋ねる。

 だが、リリスの瞳はまだ緑色で、曖昧な答えが返ってくる。

 それを聞いたルーミアは小さく悲鳴を発して縮み上がり、リリスを怒らせないようにしようと胸に刻み込むのだった。



『劣等聖女の器用大富豪革命』

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