第84話 色違いは慎重に

 突如として戦場にエントリーした新手。

 これまでのお遊びとは打って変わって真面目な戦闘になる予感を少女はひしひしと感じていた。


「いい色ですね……! 決めました、貴方を素材にしてガントレットを作ってもらうことにしましょう」


 一目見たときから惹かれる何かがあった。

 どのみち素材にするのなら強い魔物の方がいいものが出来上がる。

 そんな単純な考えだが、ルーミアは目の前の白い鰐を獲物と認め仕掛ける。


「くらえっ! ワニさんハンマー!」


 まだ手にして引き摺っていたブラックアリゲーターはお役御免ではない。

 かなりボロボロになってはいるが、それでもまだ使える。

 最後の最後まで有効活用してやろうと白の少女は無慈悲にもその黒い槌を振りかざした。


 ブラックアリゲーターの巨体で叩く。

 至ってシンプルな攻撃だが、ルーミアのパワーとブラックアリゲーターの素材としての適性を合わせると馬鹿にならない。

 仮にもガントレットの素材にするつもりの魔物だった。

 加工も何もされていない状態であってもそれなりの強度は持ち合わせている。


 そんな同族ハンマーでブラックアリゲーターは蹴散らしたルーミアだったが、ひとまず挨拶代わりの一撃を放つ。

 さすがにこれで討ち取れるなんて甘い考えはしていない。

 だが、白い鰐の取った行動に少女は目を見開いた。


「は? マジかよ?」


 びっくりして口調が崩れていることもお構いなしに、ルーミアは低い声で呟いた。

 これまで通り一方的な蹂躙がまかり通るとは微塵にも思っていなかった。

 回避なり、迎撃なり、何かしらのアクションはあってしかるべき。


 そう考えていて、事実それは正解だった。

 しかし、ルーミアが目を丸くし、身体を一瞬強張らせることになったのは、その迎撃内容。


「……ちょっとちょっと。私のハンマー食べないでよね……!」


 ルーミアが振るった黒い鉄槌は受け止められる、どころか白い鰐の大口に吸い込まれていき、噛み千切られた。

 体積が減り幾分か重さがマシになったハンマーと共に後退し、悪態を吐きながらその噛み跡を見やる。


 ルーミアが容赦なく叩き付けてズタボロになりかけていたとしても、ブラックアリゲーターは決して脆くない。

 それを容易く齧り取り、むしゃむしゃと咀嚼している姿に少女は冷や汗を垂らした。


「噛まれたら一発アウトですね。まったく……これはもう使い物になりません。せっかくいい使い心地だったのに……」


 ルーミアは噛み千切られてハンマーとしての運用ができなくなったブラックアリゲーターの残骸をぽいと投げ捨て、今しがたその約半分を胃袋に収め終えた白い鰐を睨む。

 散々雑に扱った自分を棚に上げ、お気に入りのハンマーを台無しにした敵に八つ当たりをしようとする彼女はさぞ理不尽極まりないのだが、当然そんなことお構いなしだ。


付与エンチャントサンダー


 手と足に雷を纏う。

 報いの一撃をお見舞いするため、低姿勢になり駆けたその時、予想だにしない衝撃に見舞われた。


「ぐっ……思ったより素早いかも。修正しないと」


 ルーミアの頭の中にインプットされた敵情報がブラックアリゲーターのまま更新されていなかった。見るからに強そうなこの相手に対してもどうせそんなに素早くはない。自分の速度にはついてこれないと高を括っていた。


 だからこそ特に崩しもせずに真っすぐ距離を詰めようとした。

 そこに繰り出された尻尾の薙ぎ払い。

 ルーミアは回避が間に合わないと判断し、両腕で受けとめ後ろに跳ぶことで衝撃を逃がしながら敵の認識を改める。


 ここ最近のルーミアは金剛亀、ブラックアリゲーターと比較的鈍足な敵との戦いに慣れてしまっていた。

 だが、この白い鰐はそれが通用する相手ではない。


「もう油断はしません。やつあたりもやめましょう」


 油断も激情もない。

 心を落ち着けて冷静に敵を見つめる。

 そうすると動きがよく見えた。


 ルーミアは噛みつきを最小限の動きで避け、顎にアッパーを撃ち込む。

 そのままの流れで蹴りも入れようとしたところで、身を翻した白い鰐が太い尻尾で横薙ぎしてくるのが分かる。


 それを躱して、踵落としを決め込みながらワニの背中に飛び乗った。

 そのまま振り落とされないようにしがみ付き、魔法を宣言する。


付与エンチャントサンダー――――――――六重セクスタ感電抱擁エレキ・ハグッ」


 まずは痺れさせて動きを鈍らせる。

 ビリビリと放電しながらルーミアはこの後どんな攻撃につなげようかと考えていた。


 その時、組み付いた鰐の体表。

 頑丈な鎧となっている鱗がカタカタと震えているのが分かった。


「何っ? これ、やばい?」


 ルーミアは一瞬迷ったものの攻撃を中断し、すぐさま飛び退こうとした。

 だが、それより先に体表にびっしり敷き詰められている鱗が射出されていた。


「いたっ」


 突如として乱射された弾丸をもろに受け、ルーミアは白い鰐の背中から突き飛ばされる。

 穿つほどの貫通力はない。

 それでも乙女の柔肌を青くするには十分すぎる。

 ルーミアはガントレットで顔を守る。身体中至る所に与えられる痛みでその表情は歪んでいた。


 そんな明確な隙。

 白い鰐は宙を舞う少女に追撃を叩き込む。

 尻尾を振り下ろし、ルーミアの華奢な身体を地面に向かって叩き下ろした。


「ぐっ、あぅ」


 迫る攻撃が見えていても空中だと躱しようがない。

 唯一できる抵抗と言えば、ガントレットの硬い部分を突き出し、そのインパクトをガードすることくらい。

 しかし、それをガードできても地面に叩き付けられる方はどうにもできない。

 甘んじてそれを受け入れたルーミアは、背中から撃ち落とされ、苦しそうにもがいた。


「……ひ、回復ヒール


 弱々しくかすれた声で回復魔法を行使。

 まだ治り始めていないが、力を振り絞って何とか立ち上がり、白い鰐と大きく距離を取る。


「はぁ……はぁ……やってくれましたね。こんにゃろ」


 傷付いた少女は己の肉体を癒しながら悪態を吐く。

 それは初見の攻撃に対応が遅れ、ここまでボロボロにされたことに対して。そして――――装備していたお気に入りのガントレットが完全に破壊されたことに対してだった。

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