第116話 繋いだ手は離しません
「アンジェさん! 来ましたよ!」
「ああ、待っていた。ようこそ王都へ」
気さくに手を振るアンジェリカにルーミアも元気よく手を振り返す。
こうして王都にやってくることになったのもアンジェリカから送られた招待状があったからだ。一枚の手紙が巡り合わせた再開は、きっとアンジェリカも待ち遠しく思っていたものだろう。
しかし、今しがた話題へと上げた彼女がドンピシャのタイミングで現れたのだ。
無邪気に喜ぶルーミアとは裏腹に、リリスはやや驚きの表情を浮かべている。
「驚きました。まるで私達が今日来るのが分かっていたみたいな登場ですね」
「ん? いやいや、偶然だ。たまたま魔力感知の精度を確かめていたら、バカみたいに大きい反応を感知したからもしやと思って来てみただけだ」
「……なるほど。確かにルーミアさんの魔力量ならすぐに分かりますか」
「試験であれだけ膨大な魔力を使っていたんだ。中々お目にかかれない反応に私も驚いたさ」
アンジェリカがこうしてルーミアの前に姿を現したのは、偶然ルーミアの魔力反応を感知したからだ。
ルーミアの所有する魔力は常人を遥かに上回る。その大きな反応が誰のモノなのかは定かではないが、ユーティリスでルーミアと接し、彼女の魔力量の片鱗を感じていたアンジェリカはもしかしたらという予感でこうして出向いた。そして、それは正解でアンジェリカの感知が捉えた大きな反応の中心でルーミアが笑っている。
「それにしても……君達は随分と仲がいいな」
「何のこと……はっ」
突然何を言い出すのだろうか。
そう思ったリリスはアンジェリカの視線がやや下に向いていることに気付く。
その視線を辿ると、二人の身体の間。そこでギュッと固く繋がれた手に向かっていた。
当たり前のように繋いでいた手だが、こうして人前でも繋ぎ、あまつさえジロジロと見られるのはどうにも恥ずかしい。
慌てて離そうと絡めた指をほどいたリリスだったが、すかさずルーミアの手が逃がさないと言わんばかりに離れゆく手を掴まえた。
「ちょ、こらっ。見られてるじゃないですか」
「むー、やです」
「あーもう、バカルーミア」
顔を朱色に染めるリリスと、むくれたように頬を膨らますルーミア。
そんな二人の様子にアンジェリカは微笑ましそうに笑う。
生暖かい視線を向けられ更なる羞恥心を抱えたリリスはルーミアを睨みつける。
しかし、そんな表情すらかわいらしいと思っているルーミアにその睨みは一切の効果を為さない。
しばしの間、手を離す離さないを巡った攻防が続くが、当然ながらリリスに勝ち目はない。
ルーミアの力の前に為すすべもなく敗北し、その手を繋ぎ続けることになったリリスは、恥ずかしそうに早口で捲し立てる。
「えっとですね、これは手を離すとルーミアさんがすぐどこかに行ってしまうので……そう! これは迷子対策です! そうに違いありません!」
「そうか。そういうことにしておいてやろう」
「……ハイ、アリガトウゴザイマス」
もはや取り繕いようもない。
アンジェリカの優しい瞳がとても痛いと感じたリリスは片言のお礼を呟いて俯いた。
「そういえば私の名を呼んでいたが、何か用でもあったか?」
「いやー、どこに行けばアンジェさんに会えるかなーって話していたんですよ。せっかく来たのでゆっくりお話でもしたいじゃないですか」
「ふ、そうか。食事でもしながらゆっくり語り合うか? それとも――――お前はこっちの方が好きか?」
そう言ってアンジェリカは手の平から水の弾を作り出す。
それをくるくると身体の周りを回転させ弾けさせる様子は美しいが、好戦的な姿ではない。
それが示すものをルーミアは察し、目を輝かせた。
「一緒に依頼ですか? いいんですか?」
「ああ、冒険者ならそういうコミュニケーションもありだろう。だが、そっちの……リリスだったか? 君はどうする?」
「あ、私はギルド本部の視察という仕事がありますし、宿の確保や買い物などやりたいことがあるので……気にせずお二人で遊んできてもらって結構ですよ」
アンジェリカがルーミアに持ちかけたのは依頼の同行だ。
しかし、依頼に赴くとなると、リリスが暇を持て余してしまう。
どうしたものかと目を向けるアンジェリカに、リリスはお構いなくと手を仰いだ。
建前ではあるが、リリスも仰せつかった仕事がある。
その他にも本来の目的でもあった宿の確保や、王都でしか手に入らない物のチェックなど個人的にやりたいこともある。
ルーミアから目を離すのは先程取って付けた理由のように迷子になる可能性があるため怖いが、アンジェリカという保護者がいるのならその心配もないだろう。
そのため、リリスはルーミアをアンジェリカに預けて、別行動を提案した。
だが――――。
「んぅ」
「どうやらそいつは嫌みたいだな」
「……えぇ」
膨れっ面で握る手に力を込めるルーミア。
無言でリリスの手を繋ぎ止める様は、意地でも繋いだ手を離したくないと強く主張している。
リリスと離れる事を嫌がるルーミアはアンジェリカの言葉にコクコクと高速で首を縦に振る。綺麗な白い髪を自ずと乱れさせる姿に、リリスは呆れたように声を漏らした。
「でも、ルーミアさんはアンジェリカさんと依頼を受けるんですよね?」
「はい!」
「どうしろって言うんですか?」
「リリスさんも一緒に来ればいいと思います!」
「は? ちょっと……無理ですって。いいかげん私を戦場に連れ出そうとするのは諦めてくださいよ」
「諦めるのはリリスさんです。この手を見てもまだそんなことを言えますか?」
そう言ってルーミアは繋いだ手を上げる。
どれだけ抵抗しても振りほどくことができずに繋がれたままの手。
それこそがリリスがルーミアから離れることのできない理由で、ルーミアが強気に出られる理由だった。
「はぁ……何ですか? 私が同行しても何もできることはありませんよ? それとも何か? お二人の暴れる様子をただ見ていればいいんですか?」
「冒険者登録して、一緒にやりましょう」
「…………は?」
「よーし。じゃあそういうことなので、アンジェさん行きましょう!」
「あ、ああ」
(アンジェリカさん! 助けてください!)
(……すまん)
ルーミアの強引に意見を押し通す様に、アンジェリカはご愁傷様と言いたげな顔でリリスを見やった。
リリスから救いを求める視線が痛いほどに突き刺さるが、アンジェリカにできることはない。
ルーミアに引き摺られるように強制連行されるリリスの姿に、静かに両手を合わせて目を閉じ、心の中で無力さを謝るアンジェリカだった。
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