第117話 受付嬢冒険者登録

「……まさかこれを自分で持つことになるとは」


「えへへ、これで一緒に遊べますね」


 なすすべもなく冒険者ギルドに連行され、冒険者カードを作る羽目になったリリス。

 これまではカウンターの向こう側でたくさんの冒険者のカードを見てきたリリスだが、まさか自分の名前が刻まれたカードを手にすることになるとは思ってもみなかった。


(まあ、いいです。今回だけ付き合ってあげます。別に冒険者カードを作ったからといって冒険者活動が強制される訳じゃありませんからね……)


 リリスは心の中でそう言い聞かせた。

 冒険者活動に飛び入り参加するのも今回だけ。今日という日が終わったらどこかに封印してなかったことにすればいい。

 ルーミアのわがままに振り回されるのはお手の物だと自らを納得させ、リリスはその冒険者カードを懐にしまい込んだ。


「登録は済んだか?」


「はい!」


「そうか。じゃあ、簡単な適性確認をしておくか」


「適性……ですか?」


「ああ。私の魔力感知に引っかかった反応からリリスもいい魔力を持っているかもしれない。得意な属性なんかも分かれば装備を選ぶヒントにもなるから簡単にでも調べておいた方がいい」


「あ、じゃあ私もやってみたいです。自分の具体的な魔力量とかちょっと興味あります」


 アンジェリカの提案にリリスはぎょっと目を見開いた。

 意外にもアンジェリカもリリスの冒険者登録に乗り気なのかやけに協力的な姿勢を見せる。

 リリスは今日という日をのらりくらり躱して乗り切ればよいと考えていたが、思いのほかルーミアとアンジェリカは結託して沼に引き釣り込もうとしてくる。まずいと感じたリリスは苦笑いを浮かべて真剣な二人に声をかける。


「あのー、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。私は見てるだけで大丈夫なので……そんなに本気にならなくても」


「まあ、そう言うな。せっかく足を踏み入れるんだ。少しでもいい形でデビューさせてやりたいじゃないか」


「そうですよー。リリスさんならすぐに強くなれるので心配しないでください」


(あ、ダメですねこれ)


 ルーミアが自らの意見を押し通すのはいつもの事として、なぜかアンジェリカからも似たような雰囲気を感じる。自分の意見を受け入れてもらえない様から、まるでルーミアが二人いるかのような錯覚を受けたリリスは諦めの表情を浮かべ天を仰いだ。


「よし、まずは魔力量だ。これに触れてみろ」


「あー、はい」


 アンジェリカはどこからか大きめの結晶を取り出し、リリスに手渡した。

 リリスの手に渡るとその結晶に光が満ちていく。


「ふむ……おおよそ私の半分とちょっとくらいか。結構あるな」


「この光がこの結晶のどこまで満ちるかで量を調べられるってことですか」


「そうだ。ルーミアはどうだ?」


「えっと……それ持った瞬間に弾けとんだりしませんか?」


「分からん。だが、それならそれで構わんぞ。私物だし、まだまだあるから安心して壊せ」


 リリスの魔力量はまずまずのものだろう。

 魔導師として名を上げるアンジェリカの半分以上の量。アンジェリカから見ても平均より多い。ただ、魔力量が多い少ないにあまり頓着の無いリリスは、アンジェリカにお褒めの言葉をもらってもあまりピンとこない。それよりも手にした結晶の仕組みの方に興味が向いていた。


 リリスの測定が終わりルーミアの番となるわけだが、ルーミアは不安そうに尋ねた。

 ルーミアは自慢でも誇張でもなく膨大な魔力を有している自覚がある。

 心配しているのはその結晶が自身の魔力量に耐えきれるかということだ。


 普通ならばそのようなことは自惚れ、自信過剰と笑われても仕方ない。

 平均的な魔力量の持ち主でも約三割、さらにはアンジェリカとてその結晶を満たすことは叶わない。

 だが、ルーミアならばあるいは。そう思うのは今この場にいるリリスとアンジェリカの共通認識だろう。


「じゃあ、いきます…………あっ」


「……割れましたね」


「満たされる速度が尋常じゃなかったな。やはりこんなもので測りきれない器だったか」


 ルーミアは意を決して結晶に触る。

 リリスが触れた際とは比べ物にならないスピードで瞬く間に結晶に光は満たされ、一瞬で割れた。

 それでも、驚きはしない。本来ならば起きるはずのない事象なのだが、得てして想定内の出来事だった。


「……まあ、仕方ないな。次は属性だ」


「これも触ればいいんですか?」


「そうだ。属性に適性があるほど強く輝く」


 続いてアンジェリカは色のついた結晶をいくつか机に転がした。

 それは属性に対応した結晶で、適性のある属性ならば強く光るというシンプルな仕様だ。


「へえ……あっ、光りました」


「ほお、水と風か。特に風は適性があるな」


 リリスは灯すことのできた光は二つだが、そのどちらも強い輝きを放っている。特に緑――――風属性の結晶はより濃く光っていた。


「へー、リリスさんは水属性と風属性が得意なんですね」


「ルーミアさんはどうなんですか?」


「私は色んな属性使えますよ。得意不得意もそれほどありませんし……あったとしても魔法を重ねればいいだけなので」


「脳筋だ」


「ちょっと、失礼ですね」


 ルーミアはリリスに比べるとたくさんの結晶を光らせることができているが、輝きの強さで言うのならばリリスの水と風に劣っている。

 それでも、ルーミアの常套手段はその強弱をひっくり返す。

 魔法行使においてもパワープレイが得意なルーミアは得意げに語るが、リリスの呆れたような物言いに口を尖らせる。


「よし、確か水と風の属性を強化する装備があったはずだ。貸す……というかくれてやる」


「あ、あの……張り切って色々してもらってるところ申し訳ないんですが、私……魔法とか使えませんよ?」


「魔法なら私が教えてやるから安心しろ」


「は、はあ……分かりました」


 こうも本格的な冒険者デビューなど望んでいないが、リリスの意思に反してルーミアとアンジェリカが乗り気なため、彼女は受け入れるしかない。

 ルーミアならともかく、アンジェリカに強気な態度は取れないリリスは力なく項垂れた。


「アンジェさんが装備を渡すということなので私からも何か……んー、何かないですかね」


「そんな、いいですって。私は二人の後ろで見学するので……」


「あっ、リリスさんならこれを使えるかもしれません!」


 リリスの力ない主張をしっかりと無視して鞄を漁るルーミアは、何かを思いついたかのようなようにとある物を引っこ抜いた。

 それを手渡されたリリスはギョッと目を見開いて、ルーミアの正気を疑った。


「バカなんですか? これを寄越してどうしろと?」


「どうぞ使ってください!」


「バカ言わないでください! よりにもよって何で剣なんですか?」


「私が持ってても仕方ないのでリリスさんに押し付け……ンン、プレゼントしようかと」


「押し付けるって言っちゃってるんですよ。しかもこれって……あの魔剣じゃないですか」


 ルーミアからプレゼント、もとい押し付けられたのは以前リリスも見かけたことのある緑色の魔剣、サイクロン・カリバーだった。

 確かにそれはルーミアが持っていても無用の長物。本来の性能を引き出す事もできず、ちょっと斬れ味のいい刃物くらいの用途しかない。そのため、有効活用して貰えるのなら、その方が剣にとっても本望だろう。


 しかし、いきなりそんな物を渡されてリリスも困惑している。

 そして、聡いリリスはある可能性に気付き、顔を青くさせた。


「まさか……これを使って私が前衛を張るんですか? ねえ、嘘ですよね? お願いなので嘘って言ってください」


「……前衛に魔法剣士、後衛に魔導師と白魔導師。悪くない編成ですね」


「ふざけないでくださいっ! さすがに無茶ぶりが過ぎます! ぶち転がしますよ!」


「上等です! 返り討ちにして舌入れてキスしますよっ!」


「何で逆ギレしてるんですかっ! しかもっ、それは卑怯です……」


 あまりにも無茶ぶりをするルーミアにさすがのリリスも堪忍袋の緒が切れた。高ランク冒険者二人の後ろで守られているのならまだしも、いつの間にか前線に放り出されようとしているのだ。さすがにそれは話が違うと言わざるを得ない。


 しかし、ルーミアは売り言葉に買い言葉で切り返す。

 的確にリリスを怯ませる言葉選びは流石であり、更にはそれを実行する能力がある分なおタチが悪い。


 そして、ここが冒険者ギルド――たくさんの冒険者達が出入りしている空間である事も忘れて、二人はギャーギャーと賑やかに言い合い取っ組み合いを始めた。


「やはり……仲がいいな、君達」


 思わず零れた一言。

 そんなルーミアとリリスの仲睦まじい姿を、保護者のような温かい目で眺めるアンジェリカだった。


◇ ◇


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