第118話 魔剣の才能

「うぅ……また押し切られてしまいました」


「やったぜ」


 人目も憚らない激しい争いの末、主張を押し通したのはやはりルーミア。

 リリスの腰には押し付けられた風の魔剣が下げられており、結局それを受け取ってしまったのが見て取れる。


「まあ、いいじゃないか。かなり様になっているぞ」


「……そうですか? 自分ではよく分かりませんが……」


 リリスの格好もアップデートされており、アンジェリカからもらい受けた装備で固められている。そこにルーミアから受け取った剣も加わるとその姿は一介の冒険者だ。

 アンジェリカはリリスの様になった姿を褒めるが、本人は慣れない装いをしているからかやや戸惑いを見せている。

 歩きながら頻りに腰の辺りを気にしているのは、そこに慣れない重みが存在するからだろう。


「なんかこう……片方だけ重みがあるのは変な感じがして歩きにくいですね……」


「初めはそんなもんだ。だが、そのうちその重みにも慣れて、やがてそれがないと落ち着かなくなる」


「そんなもんですか……。でも、慣れるほど使うつもりはありませんし。あ、そうだ。ルーミアさん、これに魔法かけて軽くしてくださいよ」


 装備は使い続けていくうちに自分の身体の一部のようなものになっていく。

 だが、そこまで使い慣らすつもりのないリリスは今日という日を凌げればそれでいい。そのため、この慣れない重みから解放されるためにルーミアを頼る。


 ルーミアの扱う重量軽減の魔法で剣の重さを気にならないくらいにしてもらえば、この違和感のようなものも幾分かマシになるだろう。

 そう思いルーミアに声をかけたリリスだったが、なぜかルーミアはその要求を突っぱねた。


「嫌です」


「え……何でですか? それくらいやってくれてもいいじゃないですか」


「要はバランスが悪くて変な感じがするってことですよね?」


「まあ……そうですけど」


「だったら私が剣と同じくらいの重さになって、リリスさんの腰にしがみ付きますよ! うん、それがいいです。それでいきましょう」


「意味が分かりません。どういう状況ですかそれ……って本当にやるつもりですか? ちょ、こっちこないでください」


 ルーミアは意味不明な理論を並べてリリスへとジリジリ忍び寄る。

 片方だけに重みがあって気になるのなら、その反対側にも同じだけの重さを。そして、その重さは自らが担う。リリスはルーミアの語る光景を想像して、頬を引きつかせた。

 それで重量の違和感が解決したとしても絵面がよくない。

 ルーミアから逃げるようにリリスは距離を取るが、ルーミアの悪ノリはそう簡単には止まらない。


「捕まえました! もう逃がしません!」


「……はぁ、もう好きにしてください」


 一度その手にかかればもう抵抗は無駄だ。

 身体強化が施された少女の力にはどうあがいても対抗できない。

 ここ数日で何度も思い知らされたリリスは、大人しくその身を差し出した。


「えーと、このくらいですね。では、失礼します」


「んっ……あれ、意外としっくりきますね」


「えへー」


 リリスの腰に腕を回して、反対側にかけられている魔剣と同じように斜めになるようにしがみ付いたルーミア。

 その絵面はともかくとして、バランスが取れたことでリリスは表情を驚きで染める。


 剣の持ち手がくる位置にちょうどルーミアの白い頭がある。

 リリスはいい位置にある頭を撫でまわしながら、少し派手に動きながらルーミアを振り回すも、持ち前の力を存分に発揮しているからか振り落とされる気配は見られない。


「……見栄えさえ気にしなければいい装備ですね」


「あとで私にも貸してくれ」


「いいですよ。何なら今から……んっ。今はまだ離れたくないみたいなのでまたあとででお願いします」


「……やはり君ら……仲がいいな」


 なんだかんだ装備と化したルーミアに適応しつつあるリリス。

 アンジェリカの要望に応えて装備を引き渡そうとするも、ルーミアは口を尖らせてしがみ付く力を強めた。

 その様子にリリスは苦笑いを浮かべ、なだめるように白い頭に手を添える。

 そんな二人の仲睦まじい姿に、アンジェリカは本日何度目になるか分からない素直な気持ちをつい口に出していた。


 ◇


 そんな少女が少女を腰にぶら下げているという奇妙な光景を作り出し、すれ違う人々に二度見されながら一行は目的地へと向かう。

 リリスは羞恥で顔を真っ赤にして俯いて歩いているが、当のぶら下がっているルーミアは気にも留めておらず、往く人々に手を振りだす次第だ。そのたびに「止めなさい」とリリスから拳骨を受け、大人しくなったルーミアはふと思い出したようにリリスに尋ねた。


「ところでリリスさんはその剣……使えるんですか?」


「普通に使えませんけど?」


「いや、そうじゃなくて……一応それ、適合できれば風の刃を飛ばしたり、加速できたりするんですよ」


「ほお……シンプルだがいい性能をしているじゃないか」


 魔剣サイクロン・カリバーの真なる能力。

 ルーミアでは引き出すことのできなかったそれをリリスならあるいは使いこなすことができるかもしれない。


「そう言われても……魔剣って使い手を選ぶんですよね? 私みたいな初めて剣を触る人がそうおいそれと使えるものじゃないと思うのですが……」


「それは試してみないと分からないだろう? もうここなら剣を抜いてもいいだろ。本番の前に武器の性能くらい確かめておけ」


「は、はあ……分かりました」


「私の性能も確かめますか?」


「……あんた武器じゃないでしょ。それとも武器として振り回していいんですか?」


「いいですよ。二刀流ですね!」


「……いいのか」


 リリスはルーミアの戯言を聞き流して、魔剣へと目を向ける。

 深呼吸をして手をかける。剣を抜くという行為に緊張を覚えながら、その刀身を覗いた。


「綺麗な刃ですね……」


「あっ、リリスさん。瞳の色が……!」


「ああ、片方緑色に染まっているな。ということは……」


「え、えっ? 何が起きているんですか?」


 剣を抜いたと同時にリリスに起きた変化。

 それに気付いたルーミアとアンジェリカは驚いたように声を上げる。

 その一方で、自身の瞳を見ることができないリリスは何が起きているのかと不安になるが、腰にかかっているルーミアが取り出した鏡を向けていた。

 それを覗き込んだリリスは「あっ」と声を漏らした。


「これは……どうなっているんです?」


「認められたってことじゃないですか?」


「私が……魔剣に?」


 動揺でリリスの瞳が揺れる。

 その瞳の片方は彼女自身の綺麗な赤のまま。だが、もう片方は魔剣の刀身と同じ色の緑色に染まっている。

 それが意味することは一つ。

 リリスが魔剣サイクロン・カリバーの力を引き出す素質を持っていることの証明だ。


「風の刃と加速ですか。ルーミアさん……危ないのでちょっと離れててもらっていいですか?」


「はいはいっと」


「おっと、今度は私か。確かに軽いな」


 試しに剣を振ってみようと思ったリリスだが、さすがに腰にルーミアを携えたままでは危険と思い、一旦離れるように命じる。

 リリスの意図を汲んでルーミアは素直に飛び上がり、そのままアンジェリカの肩に肩車される形で座り込んだ。


 ルーミアが離れたのを確認したリリスは、剣に魔力を通して軽く振る。

 すると、ひゅっと空を切る音と共に、緑色の刃が舞い、少し離れた先に立っていた木の枝を斬り飛ばした。


「おお~、すごいです! 私が殺されかけたあれと同じです!」


「……今の、私がやったんですか?」


 まさか本当に魔剣の力を引き出せると思っていなかったリリスは、自らが作り出した景色を信じられないと言った様子で眺めている。

 目は点になり、声色は若干震えている。

 にわかには信じがたい。そう思い振り返ると、まるで自分の事のように喜んでいるルーミアの笑顔があった。


「すごいです、すごいです! リリスさんの才能ですね!」


「……ありがとうございます。実感はあまりないですが……そうですね。何だか手に馴染むような気がします」


 アンジェリカの肩から離脱したルーミアは、リリスの前に着地した。

 ぴょんぴょんとかわいらしく跳びはねながら喜びを表現している姿に、リリスも思わず笑みをこぼした。


「じゃあ、加速の方も……!」


「いえ、そっちは多分できないと思います。しっくりくるからこそ何となく分かるんですが、加速はまだ……」


「そうですか! それでもすごいです! これなら一緒に遊べますね!」


 魔剣に適合したからこそ分かる。

 まだその域に至っていないという不思議な感覚。

 上手く言葉にできないが、ルーミアは特に問い詰めることなく受け入れ、それでもリリスの才能を褒めちぎる。

 何一つ能力を引き出すことのできなかったルーミアからすれば、リリスのそれは異形のようにも思える。まだ戸惑いの気持ちが勝るリリスの手を握って、ルーミアは誰よりも嬉しそうにしていた。


「よし、これなら最高のデビューを飾れそうだな。私達が出張ることもないかもしれん。頼りにしているぞ、リリス」


「あっ、私も頼りにしてます。守ってくださいね!」


「……ルーミアさん、うっかり斬っちゃったらすみません」


「えっ!? うわー、リリスさんが乱心した!?」


 ルーミアの悪ふざけの一言に、リリスは緑色に輝く瞳で一睨みする。

 冗談ではあるが、やけに据わった目付きのリリスに、背筋を凍らせて悲鳴を上げるルーミアだった。

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