第119話 贅沢なデビュー

 リリスの秘めたる才能も明らかになったところで、いよいよデビューの瞬間が近付いてきた。

 ルーミア達が受けた依頼はブルースライムの討伐。冒険者登録をしたばかりのリリスに合わせて簡単なものを受注している。


「リリスさん、緊張してますか?」


「……不思議ですね。とてつもない安心感があります」


 引っ付くのをやめてきちんと自分の足で歩くようになったルーミアから問いかけが投げられる。

 リリスにとってこれは初めての経験になる。武器を持つのも初めて、戦うのも初めて。戦う相手が弱くても、初めての事に少なからず戸惑いはあるだろう。


 だが、リリスは不思議と落ち着いていた。

 不安はない。左にはSランクの最強魔導師、右にはAランクの白魔導師と随分と贅沢な布陣だ。

 こうして成り行きで戦場に連れ込まれることになったリリスだが、むしろこれ以上心配のないデビューはないだろうとさえ思えてしまう。


「私が足を引っ張ってもルーミアさんとアンジェリカさんが助けてくれると思うとそんなに怖くないです」


「確かにそうだな。こんな贅沢なデビューは中々ないかもしれん。だから好きにやれ。カバーはいくらでもしてやる」


 どちらかと言えば攻撃に特化している二人が、今回はリリスのサポートに回る形になる。そんなに二人の支援を受けて飾るデビューは大層贅沢だろう。


「ブルースライムですか……。斬撃は有効なはずですが……大丈夫でしょうか」


「あの風の刃には魔力が乗っている。それほど心配しなくてもいい」


「それならいいのですが……。ちなみにお二人はどうなんですか? ブルースライム如き敵ではないですか?」


「瞬殺だな」


「瞬殺です」


 一番に有効なのは魔法攻撃だが、リリスの主な攻撃手段は剣撃となるだろう。これまで多くの冒険者達を陰からサポートして培ってきた知識では問題はない。だが、頭で分かっていても懸念は残る。


 討伐における参考程度にルーミアとアンジェリカにブルースライムはどの程度の位置付けなのか尋ねるも、返ってくる答えは分かりきっていた。

 アンジェリカとルーミアの重なる声、重なる返答にリリスは目を細めた。


「……アンジェリカさんは当然として、ルーミアさんも同じ答えなのはなんだか釈然としませんね」


「何でですかっ?」


「いや、普通物理攻撃でスライムは瞬殺できないんですよ……」


「今更私に一般常識とか……片腹痛いです」


「……そうでした。このバカは非常識の塊でした」


 リリスはこれ見よがしに大きくため息を吐いた。

 思い返せばいつもそうだった。ルーミアがリリスの想定に収まる存在ではないのは今に始まった事ではない。

 一般的な感性ならば物理攻撃に耐性があるなら他の攻撃で倒そうと思うところ、ルーミアは「耐性はありますが無効ではないですからね」と嬉々して殴る蹴るの暴行に及ぶ。

 そんな彼女だからこそ高みに至れたのだと尊敬はするが、やはり理解不能と頭は痛くなる時も稀に訪れる。


「えー、リリスさんも物理で倒してみます? いっぱい支援魔法かけてあげますよ」


「……その場合私の身体の制御はどうなるんですか?」


「七割くらいの確率で人間砲弾です!」


「殺す気か」


 ルーミアは諦めない。

 何度断られてもリリスを自身の同じ暴力特化の道へと引きずり込もうとする。

 だが、ルーミアは常日頃から魔法を身体に慣らす荒技を行い、定期的に強化段階の引き上げ、調整など試みているからこそ許される魔法の多重発動。


(身体が自分の思い通りに動かないっていうのはルーミアさんが思っているより怖いものなんですよ……)


 その身で身体強化ブーストの二重発動の効果を体験したことのあるリリスだからこそ、イメージと実際の身体能力のズレが生じることの危険性は分かっている。

 その感覚の調整は一朝一夕で身につくものではない。

 故に、リリスはルーミアの誘いには安易に乗らない。

 だが――――。


「ですが、そこまで言うのなら一段階の強化をもらっておきましょうか。そのくらいなら私でも何とかなるはずです」


 ルーミアはリリスに何か支援をしたくてたまらないといった様子だ。

 せっかく優秀な白魔導師が何か支援を施してくれるというのならば、受け取らなければもったいない。

 たとえそれが多少のリスクが含まれていたとしても、この贅沢なデビューならば不安はない。


「よし、もう少し行けばちらほら魔力反応が見られる。戦闘準備は済ませておけ」


 魔力感知の網を広げるアンジェリカから手短に伝えられる。

 いよいよ、その時がやってきた。


「じゃあ、ルーミアさん。支援魔法をください。あと、私が危なかったらちゃんと助けてください」


「はい、任せてください」


「……何でそんなに手をワキワキさせながら近付いてくるんですか?」


「触らないと魔法をかけられないので……これは仕方のない事ですっ!」


「ぎゃあああー、来るなっ。ちょ、普通にっ、んっ……こらっ、変なとこ触るなっ。斬りますよっ」


「……やはり君達…………いや、もう何も言わん」


 リリスの要求に応えてルーミアは接触を求める。

 だが、それはリリスの想定していたものとは大分ズレており、いやらしい手つきで迫るルーミアに即座に逃げの一手を取る。

 しかし、まだ支援を受けていないリリスと、常に身体強化を纏うルーミアでは話にならない。すぐさま捕まって抱き着かれたリリスは悲鳴を上げて激しく抵抗することになる。


 そんな戦闘前だというのに締まらない彼女達の姿を見て、アンジェリカはまたしても仲がいいな、と口から出かかったが、何とか飲み込み――いちゃつく二人を置いて先に進んでいった。

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