第120話 初陣

 その後、無事に身体強化ブーストの支援を受けたリリスはルーミアを引き剥がして、アンジェリカを追った。

 彼女はそれほど遠くには行っておらず、すぐに背中は捉えることができた。


「早かったな。もう少しイチャついていてもよかったんだぞ」


「いっ、イチャついてません。それより……ブルースライムですね」


「ああ、あれが討伐対象だ。心の準備はできたか?」


「……ルーミアさんのせいで集中が乱されましたが……ふぅ、大丈夫です」


「そうか。ところでそのルーミアはどうした?」


「しつこいので斬り捨ててきました」


「……そうか」


「冗談です」


 アンジェリカの元にやってきたのはリリスだけ。先程までは一緒にいたはずのルーミアはどこにいるのか尋ねたところ、リリスからは物騒な返答が投げかけられる。

 やけに据わった目付きで言い放つものだからそれが冗談なのか分かりかねたアンジェリカは一瞬戸惑いの表情を見せる。


 あれほどまでに仲睦まじい様子を見せつけていたのだ。まさかそんなことをするはずがない。だが、もしかしたら本当にやったかもしれない空気を纏いながら話すリリスにアンジェリカは冷や汗を流す。真に受けていそうな反応をするアンジェリカにリリスはくすりを笑みをこぼし、それが冗談であるとネタばらしする。表情と内容が噛み合わない冗談に肝を冷やしたアンジェリカだが、魔力感知を発動させると後方から大きな魔力反応が迫ってきていて安堵の息を吐いた。


「お待たせしました」


「……生きていて何よりだ。死んでないよな?」


「何ですか急に……殺さないでください」


 生存を安堵する反応を受けルーミアは首を傾げる。

 何故安否を心配されているのか分からないといった表情でリリスとアンジェリカを交互に見やるが、結局その理由は明らかにならなかった。


「何かよく分かりませんが……敵さんもいる事ですし、始めましょうか」


「そうだな。よし、頑張れ」


「……まあ、やるだけやってみます。……危なくなったらちゃんと助けてくださいよ?」


 リリスは剣を抜き、瞳を緑色に染める。

 ギュッと剣を握る手に力を込める。

 そして、魔力を込め、剣を振るう。

 空気を斬り裂く数発の刃が開戦の合図だった。


「お、一体倒したな」


「ですねぇ。私達は暇そうですね」


 飛ばした刃が一体のブルースライムを斬り裂いた。

 魔力で形成された斬撃はスライムの軟体にも有効なようで、崩れ落ちた身体は液体のように地面に広がり消えていく。


 ブルースライムに囲まれたフィールドだが、強化支援を受けたリリスの動きは思いのほか素早く、ブルースライムのぴょんぴょんと跳ねるような体当りはすべて避けるか剣で弾くかが間に合っている。


 そんな奮闘の様子を少し離れたところから眺めるルーミアとアンジェリカ。

 ルーミアはリリスとの距離を潰せるように強化を纏い、アンジェリカはいつでも魔法で援護できるように手元に魔弾を携えて見守っている。


「改めてようこそ王都へ。遠くからご苦労だったな」


「いえー、むしろ旅行するいい機会になりました。リリスさんも長期休暇をもらえたので、思う存分王都を楽しもうと思います」


「そうか。二人で楽しむのは構わないが、私の事も楽しませてくれよ」


「もちろんです!」


 リリスを見守りながら会話に勤しむ。

 アンジェリカの呼び掛けに応えて王都までやってきたルーミアだが、件の大会にて優勝し、アンジェリカとエキシビジョンマッチを実現させる事も目的の一つだ。


 随分と仲睦まじい様子を見せ付けてくるルーミアに、少しばかりの嫉妬の感情を抱き、自分も楽しませてほしいとアンジェリカは告げる。だが、当然そちらもルーミアにとってはメインイベント。


 一時はリリスとの痴話喧嘩で大会を辞退する事も考えたルーミアだが、現在はやる気十分。

 再びアンジェリカと相対する日を楽しみにしている。


「おっ……ちょっと助けてやるか」


 そんな雑談の中、アンジェリカは携えた魔弾を放った。

 奮闘しているリリスだが、ブルースライムに囲まれてしまっていて、背後から攻撃を受けそうになっていた。


 ブルースライム程度の攻撃ならば受けてもさほど痛手ではないが、援護が間に合うタイミングだ。アンジェリカはリリスの背後のブルースライムを撃ち抜いてルーミアを見る。


「ほら、待ってるぞ。すごい睨んでるから早く行ってやれ」


「えっ……あっはい。行きます」


 リリスはサイクロン・カリバーを振り回して周囲に風の刃を撒き散らしながらルーミアを睨み付けていた。

 まるで次のターゲットはお前だと言わんばかりの形相にルーミアは背筋を凍らせるが、確かにアンジェリカの言う通り、ルーミアを待っているようにも見える。

 これ以上機嫌を損ねると本当に刃の向き先がこちらになりかねないと感じたルーミアは急いでリリスの元へと馳せ参じた。

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