第19話 喧嘩を売られたので買ってみた
ルーミアは白魔導師だ。
だが、ソロで活動し、討伐依頼もガンガン受ける異色の白魔導師だった。
本来なら白魔導師一人ではどうすることもできない依頼をどんどん達成していく様子を見て周囲の反応は二分される。一つはその意味不明さに呆れながらも実力は認めるもの。だが、もう一方はその依頼達成が不正なのではないかと疑うものだった。
ここ最近ルーミアの調子はよく、多くの討伐依頼をこなしてきた。
だが、その依頼達成がルーミアの実績ではないとしたら? 誰か他の冒険者に倒させたものをあたかも自分が倒してきたかのように報告をしているとしたら?
ルーミアの活躍をよく思わない冒険者からは疑いが向けられ、いちゃもんがつけられるようになった。
もちろんルーミアに後ろ暗いものはない。その身は清廉潔白で、ギルドのルールを破るようなことは一切していない。
「あーあ、どうすれば分かってもらえるかなー。そんなに疑わしいなら私が依頼やってるところを監視でも何でもすればいいのに」
「真実を確かめるためにルーミアさんを尾行しようとした冒険者もいるみたいですけど、いつもすぐ見失ってしまうから協力者がいるんじゃないかってもっぱらの噂みたいですよ?」
「協力者ー? そんなのいないのに……」
「友達も仲間もいないですもんね」
「ソロなので仲間がいないのは事実ですが、私だって友達の一人や二人くらいいますよっ! ……少なくともリリスさんは友達ですぅ」
「何か言いました?」
「……いいえ、何も」
ルーミアが不正を行っている証拠を押さえるのなら監視が手っ取り早い。しかし、その証拠を握ろうとした冒険者はルーミアの爆速かつ変態的な機動を追うことができずいつも撒かれてしまっていた。それもルーミア不正疑惑に拍車をかける原因の一つとなっているのは本人からすれば甚だ遺憾であること間違いないだろう。
そして、友達がいないという言いがかりには僅かばかりの反論をするが、小さく勢いのないものなためリリスには届いていない。
「ま、いいです。リリスさん含めギルド側の人達が私がズルなんかしていないって分かってくれてれば何を言われても痛くないし放っておきましょう」
「ルーミアさんはそれでいいんですか?」
「うーん、好き勝手言われてるのはちょっと腹が立ちますけど、何とかしようと思って何とかなるようなものでもないと思いますし、周りが諦めて認めてくれるのを待つのが一番かなと……」
「そうですか……あまりお力になれなくて申し訳ありません。……はい、これで受注完了です。頑張ってくださいね」
そうして手渡される依頼書。それはルーミアの手に収まることなく、後ろから伸びてきた手にひったくられた。
「ちょっと、レオンさん! 何してるんですかっ?」
「何々……? はっ、アウルベア討伐だと? お前にできる訳ないだろ? それともまた誰かに倒してもらって不正するのか?」
「……またあなたですか。口を開けば不正、不正としつこいですね」
レオンと呼ばれた強面で屈強な身体の男がルーミアの手に渡るはずの依頼書を奪い、周りに聞こえるように読み上げる。
この男もルーミアの活躍をよく思っていない者の一人で、率先してルーミアに絡みに来る。そのため、ルーミアは「しつこいなぁ」と嫌そうにぼやいた。
「ま、冒険者ランクを上げるために何でもする姿勢は見上げたものだが……いつまでも不正を続けて金を稼ぐのはおかしいんじゃないか?」
「不正? 身に覚えがありませんね」
「くく、しらばっくれるなよ。お前みたいなひょろひょろな女……しかもソロの白魔導師ときたもんだ。討伐依頼をそういくつも連続でこなせるのは無理があるってもんだ」
「ソロだとそれができないと死活問題なんですよ。人のやり方にいちいち口出してくるのやめてもらえませんか?」
ルーミアは苛立ちの混じった口調で言い返す。
ソロの白魔導師が討伐依頼なんてできっこない。そう思われるのは無理もない。しかし、ルーミアは実力を示し、ギルドにも認められている。そうでなければギルドを欺き続けて依頼報酬や成果を騙し取っているということになる。そんな汚い真似はしたくもないし、仮にできたとしても続かない。
「そもそもギルド側がそういうのに厳しいってことは冒険者なら周知のはずです。疑いがあれば調査しますし、その結果黒だったら罰を与えます」
「そうだな。でも、ギルド側もグルだったら話は別だろ? お前、こいつと仲良さそうだもんな。こいつもこいつで他の受付が空いていても必ずお前のとこ行くみたいだし怪しいよなぁ。金でも握らされて黙っておくように言われたりしてるんじゃないか?」
「なっ、そんなこと……」
ルーミアが不正を行っているという事実はない。ギルドもそれを分かっているから何も言わないんだという主張にレオンは鼻で笑って切り返した。
悪事がグルで行われていたら。ルーミアとリリスが共犯者だったなら。
顔を赤くして反論しようとするリリスだったが言葉が詰まって出てこない。だが、そんな彼女とは反対に静かに怒りを燃え上がらせる者がいた。
「おい、あんた……いい加減にしろよ」
ルーミアだった。
普段の彼女からは想像できない低く怒りの込められた声。
落ち着いているが確かにキレている。
「あ? なんだ? 事実を暴露されちまったから怒ったか?」
「私はいくらバカにされてもいい。欠陥白魔導師なのは自覚してるし、何を言われても痛くも痒くもない。でも、リリスさんは関係ない。私を貶したいがために私の友達を巻き込んで、侮辱するのは許さないっ!」
「許さない? お前が許さなかったら何だってんだ、ああ!? 教えてくれよ、なあ?」
レオンはルーミアの胸倉を掴んで持ち上げる。
小柄なルーミアと屈強なレオン。宙にぶらりと浮かされたルーミアは、鬼の形相でレオンを睨みつけた。
「あ、だめだ。もう我慢できない。先に仕掛けたのはあなたなので……悪く思わないでくださいね」
「何ぶつぶつ言ってんだ?」
「
刹那、目にも留まらぬ速さで繰り出された横蹴りが、レオンを吹き飛ばした。
人体から聞こえてはいけない何かをへし折った音と共にギルド内を横断して、壁に叩き付けられたレオン。口から血を吐き出しながら、痛みに呻く。
そんなレオンの下に蹴り飛ばした張本人、ルーミアがゆっくりと近付く。
「……やめろっ……くるなっ……」
先程までの強気な様子は鳴りを潜め、人が変わったような狂暴な姿を隠そうともしないルーミアに怯えた様子のレオン。しかし、ルーミアはお構いなしに距離を詰め、足を振り上げた。
「暴力はすべてを解決するんです。白魔導師の底力……あまり舐めない方がいいですよ…………ってもう聞こえてないですか」
壁にもたれかかるように座るレオンの顔――――――――その真横に蹴り込まれた足は、轟音を発しギルドを揺らした。
ルーミアはこれ以上ちょっかいを掛けてくるようなら、そして友であるリリスにまで迷惑をかけるようであれば容赦はしないと語りかけたが、失神して意識を飛ばしていたレオンに声は届いていなかった。
「
ルーミアはしゃがみ込んでレオンに触れ、回復魔法をかけた。
へし折った骨もきちんと治すと立ち上がり、周囲の冒険者達に頭を下げた。
そしてリリスの元に近付くと申し訳なさそうな顔で口を開く。
「ごめんなさい。やっぱり我慢、できませんでした」
どことなくスッキリとした表情で、落ちている依頼書を拾い上げると、リリスが声を出す前にそそくさと逃げるように出て行ってしまった。
そんな彼女の背中に、何かを咎めるような言葉がかけられることはなかった。
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