第18話 白魔導師らしい一面

「あれ、リリスさん。その手、どうしたんですか?」


 冒険者ギルドにやってきたルーミアはいつも通りリリスの元へ歩を進めた。

 テキパキと作業をするリリスだったが、その顔色はやや優れない様子で、普段ならば陶磁器のように白く柔らかい肌を晒している手が包帯で覆われていた。


「ああ、これですか。ちょっとした不注意でザックリやってしまったんですよ。大袈裟に処置しているだけでそれほどひどくはないですよ」


「でも、右手で何か触る時、痛そうにしてるじゃないですか……」


「……まあ、痛いものは痛いので」


 リリスは極力傷のある右手を使用しないように努めているようだが、物を持つ、整えるなどどうしても両手を必要とする作業がある。そのたびに表情が硬く痛みを堪えるようなものになるため、やせ我慢しているのが見て分かる。


「そんなに痛むなら治してもらえばいいじゃないですか? 冒険者ギルドって怪我人の応急処置のために回復魔法使える人がいるんですよね?」


「ああ、ルーミアさんが以前行っていたギルドはそうだったんですね。都市の規模の大きいギルドならばそういった人員も揃えてあるのかもしれませんが、この辺境のユーティリス支部はそれほど人事も潤沢ではないので……」


 ルーミアがユーティリスにやってくる以前、まだアレンのパーティで活動していた時に世話になっていた冒険者ギルドではいわゆる怪我人対応専門のチームのようなものがギルド職員で構成されていた。

 しかし、都市の大きなギルドならいざ知らず、辺境のユーティリス支部ではそのようなものはないという事実をルーミアは知る。


「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。こんなのでいちいち弱音吐いてられませんから」


「そうですか。じゃあ……」


「……ルーミアさん、何ですかこの手は?」


 ルーミアはリリスに向かって手を差し出していた。

 それはまるで、握手を要求しているかのような状態だ。


「何ですか? 私の残った左手も握り潰して破壊しようという算段ですか……? 残念ですがその手には乗りませんよ」


「そうそう、片方だけだとバランスが悪いからもう片方も壊して包帯グルグル巻きに…………って違いますよ! 何でそうなるんですか? 私そんなことするように見えますか?」


「……そう見られたくないのであれば日頃の言動を見直すことをお勧めします」


「偏見が酷い!?」


 リリスは差し出された手を怪訝そうに見つめ、自身の手を隠した。

 当然冗談だ。ルーミアがそんなことをする人間だとは微塵も…………いや、ほんのちょっとしか考えてないだろう。


 いくら何でもそんな下らない理由で友人ともいえる少女の肉体を壊すなんて趣味の悪いことはルーミアでもしない。能力的に可能という事実は置いておいて。

 この冗談もいつものスキンシップの一種だ。


「で、何ですか本当に」


「まぁまぁ見ててくださいよ」


 リリスは一向にひっこめられる事のないルーミアの手を訝し気に触った。

 握手のような形ではなく、本当に指先でちょんと触れるだけ。

 だが、ルーミアはそれでもよかった。

 それで条件は満たされた。


回復ヒール


 ほんの一瞬の出来事だった。

 ルーミアがぼそりと呟いた、その瞬間温かな魔力の流れがリリスの身体を駆け巡った。

 驚いてビクンと身体を跳ねさせたリリスだったが、すぐに異変に気付く。


「え……治ってる……?」


 リリスは手に巻かれた包帯を外す。

 すると血の滲んだ跡がついたガーゼが露わになった。それだけで傷の深さが伺えるが、そのガーゼすら取り払って姿を見せた肌はいつもの様子。そこには痛々しい傷は残っておらず、すべすべで思わず触りたくなるような手があるだけだった。


「何をしたんですか……?」


「何って……リリスさんは聞こえてましたよね? 回復ヒールですよ?」


「ヒール…………ってあの回復ヒールですか!?」


「おおう、何でそんなに驚かれてるのかさっぱりなんですが」


 ルーミアにとっては基礎中の基礎。

 これまで何度も使ってきた一般的な魔法を行使しただけ。

 それなのに、リリスはありえないものを見るかのようにルーミアと自身の手を交互に見つめている。

 このような反応をされるとは思ってもみなかったルーミアは困ったように頬を掻いた。


「あれぇ……おかしいな。私、白魔導師なんだけどなー」


「白魔導師……? あっ、そういえばあなた、白魔導師でしたね……!」


「そんな盲点だったみたいな反応……。リリスさん、覚えてなかったんですか……?」


「だって……ルーミアさん日頃の言動が……」


「…………えー、私のせいにしないでくださいよ。これでも立派な白魔導師なんですよ! まったく…………」


 日頃の言動、白魔導師とはかけ離れた装備。

 それはルーミアに付属していた白魔導師のイメージを引き剥がすには十分で、リリスですらルーミアの職業を記憶の隅に追いやっていた。

 今回、白魔導師として本領を発揮したのだが、心底驚かれたことに結構凹んだルーミアだった。

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