第68話 白少女と受付嬢の一日

 無事Aランクへの昇格を果たしたルーミア。

 ソロの白魔導師としては前代未聞の偉業を達成したことになるが、ここはまだ通過点。アンジェリカとの約束もあり、さらなる高みであるSランクを目指して本日もバリバリ依頼をこなす――――かと思いきや、どうやらそんなことはないようだ。


 現在ルーミアは黒いガントレットや黒いブーツなど普段の冒険者装備をしていない。

 シンプルな白いワンピースに普段は履くことのない白いスカート。頭からつま先まで白で統一された彼女の姿はまるで天使を彷彿とさせる。

 小柄な彼女だが、その装いのため大人びて見える。

 白い鞄を両手に抱えて佇む姿は自然と人目を集めているようだが、当の本人は気にも留めず鼻歌を口ずさみながら誰かを待っているようだ。


「すみません、お待たせしましたか?」


 現れたのはリリス。

 彼女も同じく本日は仕事の服装からは解放され、おしゃれな私服姿だ。

 待ち合わせ場所にルーミアの姿が見えたことで遅れてしまったかと思い謝りながら駆け寄ってくる。


「いいえ、私も今来たところですよ」


 少しばかり早めに来てしまったが、変に気を遣わるのも悪いとルーミアはそう答えた。

 まるでデートの待ち合わせでよくある定番のやり取りに目を見合わせて二人はクスリと笑みをこぼす。


「こうしてリリスさんの私服姿を見るのは何気に初めてですね。とても似合っていてかわいいです」


「ありがとうございます。ルーミアさんも似合ってますよ」


「ふふ、ありがとうございますっ!」


「……っ、かわいい」


 普段は冒険者ギルドのカウンターを挟み何度も顔を合わせている仲だが、このようにして冒険者ギルドの外で、私服を纏って会うというのは中々に珍しい出来事だ。

 ルーミアはリリスに格好を褒められ、眩しい笑顔で白いスカートをふわりと揺らした。

 不覚にもドキリとしてしまったリリスはやや顔を赤らめてぼそりとルーミアに聞こえないように小さく呟く。

 そんな様子を気にかけ、ルーミアが顔を覗き込んでくるため、リリスは余計に顔を火照らせ調子を狂わせられる。


「なんか顔が赤いですが大丈夫ですか? 回復ヒール要ります?」


「……大丈夫です。ちょっと暑いだけです」


 純粋にリリスを心配してルーミアは手を差し出す。

 目と鼻の先にいても触れなければ魔法を行使できない彼女はリリスへの接触を図ろうとした。


 だが、リリスはその手を取らなかった。

 まさか「あなたに見惚れてました」なんて口が裂けても言えない。

 リリスはぷいっと顔を背けて適当な理由で誤魔化した。


(普段とのギャップが凄すぎます……!)


 女性同士にもかかわらず意識してしまう。

 いつもギルドで接する冒険者としてのルーミアではなく、普通の少女ルーミアの新鮮な姿にどぎまぎさせられリリスは少し悔しそうに唇を噛んだ。

 そんな百面相を繰り広げるリリスにルーミアは不思議そうに首を傾げている。


「リリスさん、本当に大丈夫ですか?」


「……大丈夫です。とりあえず移動しましょうか。ここで立ち話もなんなので」


「そうですね。では……」


「何ですかこの手は? 回復ヒールは必要ないって言いましたよね?」


 再び手を伸ばしてくるルーミアにリリスは怪訝そうな視線を向けた。

 確かに若干頬が熱を帯びている自覚はあったリリスだが、ルーミアに回復をかけてもらう必要性は感じない。色白で細い腕と小さく綺麗な手が浮いている様子に目を奪われるも、その手を取ろうとは思わない。


「魔法じゃないですよ。単純に手を繋ごうと思っていただけですが……」


 差し出した手を拒否されたことにしゅんと表情を萎れさせるルーミア。

 まさかその手の訳が先程とは違うとは露にも思わずに、ツンと跳ねのけてしまったリリスは慌てたようにまたしても表情を転がした。


「そんな、手を繋ぎたいって……私達女同士ですよ……?」


「はい、何か変ですか……?」


「……ああ、もうっ。ルーミアさんが変なのは元々でしたね」


「なんかいきなり馬鹿にされたっ!?」


 リリスはルーミアに一般常識を求めるのは酷なことだと割り切ることにした。そうでもしなければずっとペースを狂わせられっぱなしがしたからだ。

 ルーミアの非常識さは何度も思い知らされてきたはずだ。今更慌てるようなことはない。リリスは自分にそう言い聞かせて大きく息を吐いた。


「んっ!」


「……?」


「手、繋ぐんですよね?」


「はいっ!」


 半ば思考を放棄して手を出したリリス。

 それがどういう意図のものか分からずに目をぱちくりさせるルーミアに、自分でしておいて恥ずかしくなったリリスは催促するように言う。


 満面の笑みでコクコクと何度も頷き、リリスの手を取ったルーミア。

 リリスの熱を帯びた手にルーミアの小さな手からひんやりとした温度が伝わる。指を絡めるとその温度は若干上がったような気さえした。


「デートみたいですね」


「……恥ずかしげもなく言いますね、このバカ。アホ。ルーミア」


「その羅列に私の名前を入れるの酷くないですかっ?」


「知りません。全部ルーミアさんが悪いです」


 終始ルーミアに振り回されっぱなしのリリス。

 僅かばかりの抵抗でルーミアを罵ってみせるも、キュッと繋がれた手を振りほどくことはなく、そんな指先は並べられる言葉とは裏腹に彼女の本心を物語っていた。

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