第30話 風の魔剣
ルーミアは駆ける。ただひたすらに脚を回す。
音を置き去りにしながら、時には壁すら足場にしながら、ひたすらに走る。
「あれかっ」
高速で移り変わっていく視界。
その先に捉えたのは洞窟には似つかわしくない装飾の入った扉。
(よし、このままっ…………解除っ)
扉を開ける前のノックもなければ、そもそも開こうという意志すら感じさせない迷いのない突撃。力を入れて壁を蹴り、まるで自身を弾丸に見立てているかのような加速のままルーミアは扉を蹴りつけた。
軽量化による爆発的なトップスピードはそのままに、扉に足を押し込む一歩手前で
「何事だっ?」
「扉が急に吹っ飛んできましたっ! おい、大丈夫か?」
「近くにいた奴らが巻き込まれてる。とりあえず下敷きになった奴を引っ張り出せ」
派手に射出された扉だったもの。複数の衝突音と響く悲鳴。
ルーミアの爆発的な蹴りで真っすぐ飛んだ扉に轢かれたものの断末魔だろう。
それだけでなく砂煙の向こう側で慌てふためく声が聞こえる。
(悪いけど、落ち着く暇は与えない)
場は混乱している。
ルーミアは砂煙を斬り裂くように飛び込み、手当たり次第見えた影に襲い掛かった。
「ぐあっ」
「ごはっ、なんだ、ぎゃっ」
「おい、どうしたっ? いだっ」
見えない襲撃者に次々と意識を刈り取られて倒れていく。
ルーミアはそのまま数を減らせるだけ減らしてしまおうと、次の標的を定めようとして視線を動かした――――その時。
「あっぶないなー」
「おっと、今のを避けるのか。ちんちくりんな女だと舐めていたが…………中々やるな」
魔法と思わしき刃が視界を覆い隠していた砂煙を払いながら、ルーミアの胴を真っ二つにしようとしていた。
砂煙はルーミアを相手から隠す望ましい状態であると同時に、相手の攻撃を見えにくくする望まない状態でもある。可能ならば敵陣が混乱しているうちに叩ける敵は叩いて減らしておきたかったが、そううまくはいかないようで、退避を余儀なくされたルーミアは舌打ちを一つ零した。
周囲を見渡すと立っている者は多い。しかし、それより気になるのは今の斬撃を飛ばした者。ルーミアから見て一番奥……優雅にソファに腰掛けたまま剣先だけをこちらに向ける男がいた。
(斬撃を飛ばす剣? ちょっと厄介かも……。でも、剣か……。他にはそれっぽいもの持ってるのはいないし、あれがボスとやらだね。こうなるんだったらガントレット持ってくればよかったかなぁ?)
そんなことを考えていると、無造作に剣が数回振られたのが見えた。
先程と同じように斬撃がルーミアへ向かって飛んでくる。しかし、それは見てからでも回避が間に合う。よほど不意を突かれない限りは何とかなるだろうと、避けながらその斬撃を見送ったルーミアは周りを見やる。
(数はいるけど多分私の速さにはついてこれない。でも囲まれると少し面倒……だけど、包囲される前にあれをどうにかしちゃおうかな)
「
周囲に散らばる麻痺毒が塗られているであろうナイフを構える者達には目もくれずに、真っ先にボスを打ち取ろうとした。不意を突いた突撃は緩い包囲を容易に突破して未だなお座り込んだまま余裕を見せている男へと距離を詰める。
(斬られる前に叩く)
斬撃を飛ばすのには剣を振る動作があった。その前に自慢の拳を叩き込む。スピード勝負で一気に蹴りを付ける。そのつもりで腕を振りかぶったルーミアだったが、次の瞬間目を丸くした。
(え――――見失った?)
ルーミアは引いた腕を押し出すことなく、無人のソファへと突っ込んだ。
「ぷはっ」
「おいおい、随分熱烈なキスじゃねえか。そんなにソファが恋しかったのか? だったら好きなだけ隣に座らせてやってもいいぜ。この俺――――ヴォルフ様の女になるってんならな」
「……それは遠慮します」
ルーミアは慌てて身体を起こし、男――――ヴォルフから素早く距離を取る。
失態をにやにやと笑う表情がたまらなく腹立たしくなったが、冷静さを失うわけにはいかないため、歯を食いしばって何とか堪えた。
「次は当てる……っ!」
「おーおー、確かに速えな。だが……それだけだ。生憎と……速さになら俺も自信があるんだよ……っ! おら! 死ねっ!」
「くっ、このっ……もうっ、いったいなぁ」
ルーミアは再度殴りかかるも、簡単に見切られて躱される。
それどころか反撃の一閃を避けきれずに薄く斬り付けられる。
「ならっ……
「おっ、まだ上があるのかよ。だがよー、本気を出してないのはお互い様だぜ」
「……っ、ぐっ」
「おいおい、何だよその靴。靴で剣を受け止めるとか正気かよ?」
一段階力を引き上げたルーミアは再度その舐め腐った顔を叩こうとするも、ヴォルフもまだ力を隠していたのか姿がブレる。
ルーミアは今度こそ速度で上回ったと思っていたが、ヴォルフにそのさらに上をいかれたことを直感で理解して、咄嗟に防御行動を取った。
ガントレットが腕に装着されていたのならば受け止められていたかもしれないが、今はない。防御に適した魔法もない。残っていたのは……魔鉱石をふんだんに使用し、重量を引き上げるために耐久性もカチカチに上げられていたブーツだった。
身体を捻り、回し蹴りの要領で剣を受け止め弾く。
(だめだ。たまたま上手くいったけど、いつまでもこのガードは通用しない。かといって距離は取れない。私には近接攻撃しかない……っ)
「強い……」
「そうだろ? この前襲った武器商人がこの魔剣……確かサイクロン・カリバーだったかを持っててくれたおかげで今本当に快適だぜ」
「……それも人から奪った物なんですか?」
「そうだぜ。何ならここにあるもん全部そうだ。それがどうした?」
「別に……何でもありませんよ」
その問答に意味はない。ルーミアがその非道な行いをどれだけ咎めようと、ヴォルフは聞く耳を持たないだろう。思考を巡らせる一瞬を作り出すための時間稼ぎになればそれでいい。
(さっき、急に速くなった。まさか私と同系統の力?)
「その剣……斬撃を飛ばす能力が派手で目立ちますが……それだけじゃないですよね?」
「さすがに気付くか。こいつのもう一つの力は加速だよ。お前の速さなんて優に上回る加速を俺に与えてくれる。もう何をしても無駄だぜ?」
「加速……ですか」
ヴォルフはルーミアを隠したを見下して完全に遊んでいるのか、自身の持つ緑色の剣――――サイクロン・カリバーについてぺらぺらと話し始めた。
風の刃を飛ばし、使用者に加速の能力を与える。まさしく魔剣と呼ばれるのにふさわしい破格の性能だ。
「お前に勝ち目はない。初めの奇襲で何人かやられたが、部下はまだいる。くらえばゲームオーバーの麻痺毒付きナイフから逃げながら俺の相手なんてできる訳ねえ。だから、大人しく俺の奴隷になれ。そうすりゃ命までは取らないでやる」
「そんなの……死んでもお断りです」
「……そうか、じゃあ死ね」
確かにルーミアは不利だった。
相手の武器は剣、それに対してルーミアは素手。
相手は近距離だけでなく遠距離攻撃もできる。ルーミアは近接攻撃しかない。
それでいて自慢のスピード勝負もルーミアは負け続けている。
だが、ルーミアにはまだ奥の手があった。
(どうなるのか分からないけど……やってみよう。私の持ち得る力……全部速さに振る。重さは……要らない)
「
すべてをスピードに。
そのために掛け合わされた魔法は――――――――その場に風神を降臨させた。
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