第29話 囚われの姉弟

 その後、ルーミアは奥へ奥へと進んでいった。

 途中何度か分かれ道が存在し、行き止まりなどもあったため、壁を削り取った目印を頼りに進んでいく。そうしていくうちに少し道が広くなった。


「ん……広い。それに、何か聞こえる……? 人……話し声?」


 耳を澄ませると何かが聞こえる。それは小さいながら話し声のようにも聞こえた。


重量軽減デクリーズ・ウェイト


 ルーミアはここからの移動は慎重に行うために軽量化の魔法を唱える。

 対象はいつものように重量ブーツ――――ではなく、ルーミア自身だ。


 自身の体重を限りなくゼロに近付ける。

 現時点で施されている身体強化も相まって軽くジャンプしただけでも洞窟の天井に頭をぶつけそうになるほどの跳躍にルーミアは慌てて身をかがめ頭を抱えたまま着地する。しかし、その着地は軽やかでまるで綿が落ちたかのように音を鳴らさなかった。


(ここまでやる必要があるかは分からないけど……一応ね)


 敵に見つかる分には構わない。それでも己の存在を隠し通して不意打ちする目が残されているというのならば、やる価値はある。

 こうして己を軽くしたルーミアは足音を立てないように慎重に進んだ。


(あれは……檻……? 中に誰かいる……?)


 敵と出くわすことを想定していて少しでも気付かれない確率を上げるために隠密モードになったルーミアだったが、どうやらその必要はなかったらしい。

 檻に近付くにつれて明かりは小さくなるが、そこにいる誰かがルーミアを見つめている。


「誰……ですか?」


 音もなく現れた小さな影。それに向かって縋るような女性の声が投げかけられた。

 暗くてよく見えないが、その女性は誰かを抱きしめるように座り込んだまましてルーミアを見上げている。


「私はルーミア。冒険者です。ここをアジトにしている盗賊達を倒しに来ました。あなたたちは……?」


「私はキリカ、こっちは弟のユウです……。あのっ、助けてくれませんか!」


「はい、もちろんです。でも……っ」


 助けを請われたルーミアは断らない。しかし、助けるといっても方法と順番が問題だ。

 ルーミアの役目は盗賊団の壊滅。これからアジトのどこかにいるボスや残党と倒しにいかないといけない。今彼女達姉弟を助ける……もとい檻から出すことは恐らく容易だ。

 しかし、出した彼女達はどうする?


 出口まで案内することはできる。だが、彼女達の安全は保障できない。

 外にまだ盗賊がいるかもしれない。比較的安全な森とはいえ魔物と遭遇してしまうかもしれない。そう考えた時、町に送り届けるために同行は必要だろう。


「私、これから奴らを倒しに行くんです。その後必ず助けに来ますから……信じて待っていてもらえますか?」


「…………分かりました」


 ルーミアは彼女達の救出を後に回した。それを告げた時、姉――――キリカは落胆したような表情を浮かべた。

 どれほどの間ここに閉じ込められているのかは定かではないが、キリカにとってルーミアは待ち望んだ助けだ。キリカにとっての優先事項はこの場からの脱出。助けてほしいという言葉は出してほしいと同義だ。


 だが、それを後回しにされてしまった。ルーミアは先のことまで見据えての考えだが、胸の内に秘めたそれはキリカには伝わらない。

 ましてや、ルーミアはキリカから見て年もそう変わらない少女だ。端的に言ってしまえば強そうに見えない。それが自分たちの救出を後に回して、盗賊を倒しに行く。


 キリカ視点では、ルーミアが戻ってきてくれるという確信が持てない。

 もしかしたら見捨てられるのかもしれない。

 だからこその落胆だが、それはルーミアにも伝わったようで、言葉のかけ方を間違えたことを反省した。


「私は全部終わらせた後、あなたたちを町まで送り届けます。本当は今出してあげたいですが、あなたたちだけで逃がす無責任なこともできませんし、かといって戦いの場に連れていく事もできません」


「そう……ですか。あの……失礼ですが、ルーミアさんは盗賊団を倒せるんですか?」


「はい、それは約束します。何があっても絶対にしばき倒します」


「その……ボスと呼ばれていた男は剣を使ってました。本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫です。信じてください」


 ここまで何度も念入りに聞くのはやはりルーミアの実力が分からないからだろう。

 口でなら何とでもいえる。だが、今信じられるのはルーミアだけだ。

 キリカは覚悟を決めたような顔で、格子の向こう側に手を伸ばす。


「お願いします。待ってますので……どうか」


「はい。すぐに戻ってきます。ユウくんも一緒に待っててください」


「あっ」


 ルーミアは隙間から伸ばされた手を優しく両手で包み込んだ。

 キリカは感じたぬくもりに声を上げる。自身の氷のように冷えた手を溶かすようなぬくもりが心地よいと思っていると、その小さな手は離れて弟のユウへと向かう。

 二、三度優しく頭を撫でると、ルーミアは手を引っ込めた。


「おまじない、かけておきました」


「……なんですか、それ」


 キリカがぎこちない笑顔を見せた。

 それはどれだけ不格好でも、心からの確かな笑みだった。


「じゃあ、行ってきます」


「あっ、ボスが集会所のようにしている場所は一番最初の分かれ道をずっと左です」


「それは本当ですか?」


「はい、一度連れていかれたので間違いありません。それだけは覚えてます」


「……ありがとうございます。身体強化ブースト――――――――四重クアドラ


 キリカの口から語られたボスの居場所に一瞬動揺したルーミアだったが、今は悔やむより先にやるべきことがある。

 力いっぱい地面を蹴り抜き猛加速したルーミアの姿は、キリカ達に一瞬残像を見せるほどに速かった。

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