第96話 ちゃんとしてない運用

 二人仲良く冒険者ギルドにやってきたが離れる時は訪れる。

 ルーミアにはルーミアの活動があるし、リリスにはリリスの仕事がある。当然ながらいつまでも一緒という訳にはいかない。


「んっ、何ですか?」


「あっ、いえ……すみません。何でもないです」


 本日の活動内容を確定させるために依頼掲示板の前へ進もうとするルーミアを阻む小さな手。

 意外にもリリスの手がルーミアの服の袖をつまみ離れ行く彼女を無意識に引き留めていた。


 装備が完成するまでの活動は主に回復魔法を使用した白魔導師らしいもの。冒険者ギルドの中で待機さえしていればどこで何をしていてもいいため、ルーミアは基本的にリリスの近くで座っていた。

 彼女の仕事を邪魔しない程度の雑談を楽しみながら、仕事が舞い込んできたら中々見せることのない白魔導師としてのあるべき姿をまっとうする。そんな日々を過ごしていたからこそ無意識ながらに引き留める手が出てしまったのだろう。きゅっと結ばれる手は「行先は同じはずだったのに」と暗に告げていた。


「何ですか何ですか〜? 一緒にいてほしいんですか?」


 リリスが慌てて手を離すももう遅い。ニヤニヤと眉を上下させながらルーミアは意地悪な笑みを浮かべる。


「別にそうは言ってません。調子に乗らないでください」


「えー? 本当ですか?」


「最近のルーミアさんがちゃんと白魔導師してたので間違えただけです。今日からまたちゃんとしてない白魔導師なのでどうぞあちらへ」


 厳つい装備と暴力ですべてを薙ぎ払う戦闘スタイルさえなければ少女は至って普通の白魔導師。優秀な回復魔法使いとしてギルドに尽力していたルーミアだが、新装備を得てついに戦場へ戻ってしまう。


 そんなルーミアをリリスはまともな白魔導師からまともじゃない白魔導師へシフトチェンジと称す。ヒーラーから物理アタッカーへと早変わり。そうなると当然彼女に与えられる仕事も大きく変わる。


 受けるべき依頼は討伐依頼。見るべき場所は依頼掲示板。リリスは若干不服そうな表情でルーミアの向かう先を指さした。


「ちゃんとしてないって……まあ、何も言い返せませんが」


「そうです。ちゃんとした白魔導師はソロで活動なんかしないし、討伐依頼も受けないんです。非常識なルーミアさんには今更な話ですか」


「まったくですね。でも、私はこれでいいんです。ちゃんとしてなくたって私は私です」


 このスタイルを確立させたことになんの後悔もない。後方支援のできない普通の白魔導師として腐り果てるくらいならば、常識を捨てて普通じゃない白魔導師へと進化する。かつての弱い自分と決別して、活路を見出したからこそ今のルーミアがある。


 ヒーラーと物理アタッカー、二つの顔を持つ少女は、多岐にわたってその能力を発揮できる。

 普通の白魔導師と普通じゃない白魔導師を使い分けられるのはルーミアの大きな強みだろう。


「何ですか? 見にいかないんですか?」


「気が変わりました。今日もそっちにいることにしようと思います」


「え、いいんですか? いてもらえるのならとても助かりますが……」


「新装備のお試しも急ぐ必要はありませんからね。いつでもやれるのでまた今度でも大丈夫です」


「ちゃんとした白魔導師としてのルーミアさんがギルドにいてくれるのは非常に心強いです……!」


 二つの顔の使い分けもルーミアのの気分次第でどうとでも変わる。冒険者ギルドとしてはAランク冒険者のルーミアも凄腕ヒーラーのルーミアもありがたい存在なため結局のところ彼女がどちらの顔で活動しようと不利益を被ることはない。


「では今日もギルドに待機して、怪我人がやってきたら治療をお願いします」


「分かりました」


「あと、今日はとても冷えるので私の近くで熱を放っていてください」


「別にいいですけど……もしかしてヒーラーじゃなくてヒーターとして私を使おうとしてます?」


「…………さ、今日もお仕事頑張りましょー」


 サッと目を逸らしてテキパキと手を動かし始めたリリスへジトーっと視線を向けるルーミア。

 ヒーラーとして待機しながら暖房としての役割もこなす。思わぬ形で運用されることになるルーミアだったが、いずれにせよ座っているだけのお仕事なので特に不満を漏らすことも無く、リリスの隣を陣取りほわほわとした暖かい空気を漂わせていた。

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