第97話 主従逆転?

 冒険者ギルドの出入口の扉は一日に何度も開閉される。多くの冒険者がやってきて、依頼を受けて出ていき、帰ってくる。そのため、人の出入りが注目されるということはあまりない。


 あるとすれば評判の悪い冒険者が顔を出した時に一瞬視線が集まったり、もしくは目立つようなインパクト溢れる登場をした時だろうか。


「ちょっと……恥ずかしいんですけど。やっぱり一回帰って着替えてきてくれません?」


「えー、あの時は似合うー、かわいいーって言ってくれたじゃないですか」


「言いましたけど、それとこれとは話が別です!」


 幸いにもまだ人は少なく、ギルド職員だけの室内。

 その中に足を踏み入れた二人――――厳密にはその片方に人々の視線は集まった。


 視線を集めている少女――――ルーミアの肩を掴み、背中に隠れるように顔を出すリリス。主にルーミアに向けられた視線が自分にも向いているような気がして恥ずかしそうにしている。


「何でよりによってそれなんですか? もっと他にあったでしょう?」


「今日はこれの気分でした!」


「気分って……何がどうなったらメイド服の気分になるんですか!?」


 似合っているか否かと聞かれれば似合っていると答えざるを得ない。だが、隣に立って歩かれるのはとても恥ずかしい。

 堂々とメイド服を纏って往来を歩き、往く人々の視線を総集めするルーミア。その隣で巻き添えのように注目を浴びるリリスという構図が出来上がり、出勤するだけでかなりの体力や精神などを消耗した彼女は件の少女をキッと睨みつける。


「いいから着替えてきてください! ほら、回れ右して! はいお客様ー、お出口こちらになりますよー」


「そこ今入ってきた入り口なんですけどっ! 入店と同時に退店を求めないでください……!」


「あっ、ちょ、力強っ。んぬぬ、押し返される……」


 リリスに押されて白い髪とメイド服のフリルがふわりと揺れる。

 ルーミアを何とかして追い返そうとするリリスだったが、力で勝てる訳もなく実力行使は通用しない。

 かといって言葉で帰宅して着替えてくるように要請しても、嫌だ、面倒だと流される始末だ。そんな言い合い、取っ組み合いも第三者から見ればかわいらしいじゃれ合いのように見えていた。


「はは、随分かわいらしいメイドさんじゃないか。新しく雇ったのかな?」


「えへー、そうなんです。雇われちゃいましたー」


「雇ってません! ルーミアさんもギルド長も悪ノリしすぎですよ! あと、おはようございます」


「はい、おはよう。中々面白そうな光景が視えたからつい出てきてしまったよ。朝から仲良しでいいね」


 そんな見ている分には微笑ましい格闘を繰り広げていたからだろうか。あまり表の方には顔を出さないギルド長もハンスが出てきて、ルーミアとリリスの様子を目を細めて楽しんでいる。からかわれたリリスは突っ込みを入れるが上司への挨拶は忘れない。


「どうですか? 似合いますか?」


「うんうん、とてもよく似合っているよ。こんなにかわいいメイドさんを雇えたお嬢様は幸せだね」


 ルーミアはハンスの前でくるりと回って見せた。

 ふわりとスカートが舞い、ヘッドドレスが揺れる。

 一切の恥ずかしげもなく自信満々に胸を張り、褒めて欲しいと言わんばかりに態度で示す。ルーミアはご所望の言葉を貰うことができてとても嬉しそうにしている。


「目立つので困るんですよ。一緒にいる私まで注目を浴びて……本当に恥ずかしかったです」


「えー、じゃあ別々に来た方がよかったですか?」


「……それはそれで暖房が無くなるので困ります」


「お嬢様、わがままですね」


「お嬢様言うな。ルーミアさんが着替えれば済む話じゃないですか」


「リリスさんが我慢すれば済むのでは?」


「はぁ、強情ですね」


 互いの意見は平行線を辿る。

 リリスは諦めのため息を零し、にこにこと佇む少女の綺麗な姿を見つめた。


(まあ、似合ってるしかわいいのは認めますけど……どう見ても戦う格好じゃないんですよ。まあ、それでも心配はしてませんが)


 ルーミアのメイド服姿は似合っている。

 リリス自身そう思っている。


 だが、その装いは普段の戦闘用の服とはかなり違う。防御力的な観点から見てもかなり心許なく、ルーミアの武器でもある機動力を削ぐ要因にもなっている。

 本来ならばそのような格好で活動しようとしている事を咎めるべきなのだが、そちらの方面ではあまり心配していない。着替えさせたいのは完全にリリスの私情によるものである。


「さっ、今日も頑張りますよー!」


「……戦うメイドさんか。君は幸せだね」


「……否定はしません。ですが、アレは戦うしかできない暴力メイドです」


「はっはっは、いいじゃないか。主人を守る最強の護衛だね」


「他人事だと思って……」


「ま、実際そうだからね」


 傍から見ればどちらの立場が上なのか定かではない。だが、居候の身であるリリスが主人扱いされるのも変な話だろう。

 そんな面白おかしい関係の二人をハンスは他人事だと笑い飛ばし、リリスは渋い顔を浮かべて純白のメイド少女を遠くから見守るのだった。

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