第56話 毒竜攻略

「ええ……とりあえず身体強化ブースト――――三重トリプル


 ルーミアはひとまず身体強化の段階を引き下げた。

 力づくで首を断ち切ることはできる。だが、そのたびに再生されていてはさしものルーミアといえど分が悪い。

 瞬間的に発揮できるパワーも維持するとなると話が変わってくる。

 一旦、消費も抑えられ制御も安定している段階で様子見の姿勢をとった。


(大丈夫。動きは早くないから三重トリプルで十分対処は可能……。あとは、どうやって攻略するか……だよね)


 ルーミアは噛み付き攻撃をひらりと躱しながら考える。

 やみくもに攻撃しても倒せないと分かった以上迎撃や追撃も慎重になっており、迂闊に手は出せない。


(頭を潰しても意味がないのかな……? それか……全部の頭を同時に潰さないといけないとか……? なんかそういう魔物がいるって何かで見たことあるかも……?)


 多頭生物にありがちな特性として、すべての頭を潰さなければ倒れないというものがある。ルーミアは確かにヒュドラの頭を潰した。だが、倒れることなく頭は再生された。

 いずれかの頭が健在ならば強力な再生能力が猛威をふるうと仮定するならば、すべての数多を同時に処理する必要がある。


「……それは少し面倒ですね」


 試してみたいことは纏まった。

 しかし、それをいざ実行するとなると中々に骨の折れる仕事だ。

 遠距離攻撃手段と広範囲攻撃範囲を持たないルーミアにとって、二つの首を同時に断ち切るというのは難しい注文だった。


「ですが、できない訳じゃありません!」


『難しい』と『できない』には0と1ほどの大きな差がある。

 為せば成る。不可能ではないことの証明のため、ルーミアは冷たく低い声で宣言する。


「ふぅ……付与エンチャントアイス――――――――五重クインティ


 刹那、ルーミアの装備している黒いガントレットとブーツから冷気が溢れだした。

 パキパキと空気を凍らせる音が響く。


重量軽減デクリーズ・ウェイト


 そのまま自身の体重を軽くし、ルーミアは勢いよく水面に飛び出した。

 本来ならば沈みゆくはずの足が、溢れる冷気によって形成された薄氷によって支えられる。それを割らないための重量調整。水面を凍らせてヒュドラの首へと肉薄するルーミア。


「ちょっとこっちに来てもらうよ……っ!」


 片方の首を殴りつけ、そのままガントレットと同化する形で氷漬けにする。

 頭から首にかけて氷結が広がり、覆いつくすように固まったが、氷結が行き届いていないところはうねうねと暴れてルーミアを振りほどこうとする。

 それを強引に引き寄せ、もう片方の首に押し付け、二つの首を縫い付けるように凍らせる。


「これで両方同時っ……! 身体強化ブースト――――六重セクスタッ!」


 遠心力を利用した強烈な蹴りが、くっついて凍ったヒュドラの頭を両方とも粉々に砕いた。


「これで……もいけてないですか、そうですか。ちょっと考えたいので再生途中で申し訳ありませんが少し凍っててください」


 それでも倒しきれていない。

 凄まじい速度で頭を生やすヒュドラに半ば呆れながらルーミアは足蹴にして再び凍らせる。

 むしろ下手に倒そうとするよりこのまま放置したほうがいいのではないかと思ってしまうほどにキリがない。


「さてさて、いったいどうしたものでしょうか? いっそ私の付与エンチャントアイスで全身生きたまま凍らせて素敵なオブジェにしてしまうというのもいいかもしれませんね。そうです、そうしましょう」


 ルーミアはいかにも名案を思いつきましたと言わんばかりに手を打った。

 よくよく考えてみれば最優先事項は源泉の浄化。

 その際にヒュドラが邪魔だったから戦闘を起こしていたが、邪魔にならないところで佇んでいる分にはそれほど害はない。毒の体液も分泌できずにただただ凍り付いているだけならばそこらへんに転がしておいてもいいのではないかという投げやりな考えが今まさに遂行されようとしている。


「そうなるといったん水から引き上げた方がいいですね。そのままやってしまうと水ごと凍って浄化どころではなくなってしまいます。そうと決まれば……重量軽減デクリーズ・ウェイト


 ルーミアは重量軽減をヒュドラにかけ、水の中に潜ませている肉体ごと軽くした。

 そのまま綱を引くようにしてヒュドラの首を引っ張り、吊り上げようという算段だ。


「よし、いきます。よいしょーーーーー!!」


 かわいらしく気の抜ける掛け声とともに思い切り引っ張られる凍り付いた首。そして強引に自ら引き上げられたヒュドラ。その姿を見てルーミアは唖然とした。


「頭、三つ目があるなんて聞いてないんですけどーー!」


 軽々と水中から引っ張り出されたヒュドラの身体から伸びる首。

 これまでずっと息をひそめていた三つ目の頭がついにルーミアと顔を合わせることになったのだった。

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